#18うつになったら、断捨離をするしかない

 僕とメラン大佐は、並んで同じ方向を見ていた。

 「本気なのですね?」

 僕はゆっくりうなずいた。

 「悲しい時も、辛い時も、いつも一緒でしたが」

 メラン大佐の目がうるむ。

 「やめてくれ。決心が揺らぐから」

 バッグのジッパーを閉め、僕は玄関に立った。

 「待ってください!」

 メラン大佐に腕をつかまれる。

 「最後にもう一度だけお願いしたいことがあります!」

 真に迫る声だった。

 「名残惜しいのは分かるけど、思い切らないと」

 そう言いながら、僕もメラン大佐の気持ちはよく分かった。

 「もう一度だけでいいんです」

 メラン大佐の大きな黒目に、僕の姿が映る。

 

 「最後にルフィの、あの名シーンを読ませてください!」

 メラン大佐がバッグを開ける。
 ワンピースの単行本の表紙がズラリと顔を出した。

 「やめろよ!このまま売りに行かないと、また読んじゃうだろ!」

 ワンピースだけでなく、あらゆるマンガ、CD、DVD、洋服、色々な雑貨類、それらを家にある全てのバッグに詰め込んでいた。
 あとはリサイクルショップに運ぶだけだった。

 「もう一回だけです。そうすればスッキリと別れを告げられます」

 「どのシーンだよ」

 「ルフィがウォーターセブンで水水肉を食べてるところです」

 「そこ!?」

 「あれはマンガ史でもまれに見る食事の描写です」

 メラン大佐は単行本をめくっていく。

 「ありました!うわぁ~美味しそぉ~」

 「その過剰な食欲も、この決断に関わってるからね」

 僕が家にある物を整理しようと思ったきっかけは、生活費による貯金の目減りを防ぐためだった。
 ただ、不必要な物を売ろうと思って始めた断捨離は、僕の価値観を大きく変えることになった。
 メラン大佐がワンピースを閉じ、おがむように手で挟んでいる。

 「しかしユッキー、よくぞ決断しましたね。素晴らしいことですよ」

 並べたバッグを見る。
 ほぼ使っていなかったり、もはや触っていなかった物まであった。
 それらをきれいな状態で置いておくのが、大切にするということだと思っていた。
 だけど物にしたら、使ってもらってお役目をまっとうしていると感じるはずだ。

 

 「コレクションしてるだけで、生かしも殺しもしてなかったよね」

 「物を大切にする気持ちは素晴らしいのですが、保管することと使用することの意味をはき違えては元も子もありませんからね」

 最初の選抜では懐かしさが手伝って、ほとんど保留になった。
 あまりの処分する量の少なさに、僕は二巡目で思い切って一年間は触っていなかった物という基準で選抜をした。
 この一年で僕の意識に昇ってこなかったのなら、特に必要としてないのだと思うようにしたのだ。
 それが功を奏して、かなりの断捨離をすることができた。

 「しかしマンガが多いですね。ユッキーは本当にマンガが好きなのですねぇ」

 メラン大佐がバッグを叩く。
 小学生の頃から集めていたマンガを詰めこむ作業は、僕をノスタルジックな気持ちにさせた。

 「まぁマンガというか、絵とかイラストが好きだったよね。ストーリーとかも良いんだけど、単純にキャラクターの見た目のかっこよさに惹かれたなぁ」

 夢中でマネして書いた記憶もよみがえった。

 

 「ちょっと待ってください!そう言えば!」

 メラン大佐は声を張り、指を僕へ向けた。

 「まさか、まさかですが、スラムダンクも売る気ですか?」

 僕の視線は鋭かったと思う。
 メラン大佐が固唾を飲んだのが見えた。
 
 

 「スラムダンクは」

 緊張が部屋を埋め尽くす。

 

 「売らない。売れない!」

 「ユッキィィィ!!!!」

 僕とメラン大佐はハイタッチを交わした。
 手のひらの重なる甲高い音が部屋に響き渡る。 
 その様はまるで桜木と流川のようだった。
 残すと決めた数少ない物は、部屋の隅にまとめてある。
 手放す物に対しての後ろめたさはあったけど、もう新しい感情が芽生えていた。

 「こいつらがあったからテンション上げてもらったし、楽しい気持ちにさせてもらったし、自分が触らなくなったなら、次の誰かにその気持ちをゆずる番が来たってことだよな。
































『断捨離は、本当の意味で物に感謝する機会だな』


































 また見たり聞いたりしたくなったら、YouTubeもレンタルもマンガ喫茶もあるし、どうしてもまた手元に欲しくなったら買えばいいしね」

 「執着を手放す時が、新しい何かをつかむ日々の始まりです」

 僕は手のひらを見た。

 「物だけの話を超え、傷ついている時、人間は固く拳を握っています。戦ってしまっているのです。ファイティングポーズを取って牙を見せることが必要な場面もありますが、実際に拳を振るってはいけません。その手は攻撃をするのではなく、何かをつかむためにあるのですから」

 拳を握ってみた
 なんだか、窮屈というか、痛さすら感じる。
 突然、目の前にボールが放られてきた。
 僕は慌てて取ろうとしたけど、落としてしまう。
 メラン大佐が投げたのだ。
 

 「ユッキー、そういうことです。ずっと拳を握っていたら、目の前に現れた物をつかみ損ねてしまうのです。いつでも大切なことをつかめるよう、手は開いて空けておくべきなのです」

 落ちたボールを拾う。
 思ったよりも軽かったけど、確かな感触があった。
 完璧な丸さを撫でる。
 僕はメラン大佐にボールを放り返した。

 「確かに、ガチガチじゃつかめるものもつかめないね。物とか、出来事とか、もっとサクッと手放せればよかったんだよな」

 僕は胸の前で両手を広げた。 
 メラン大佐がボールを投げてくる。
 今度は、うまく取れた。

 「拳を握っていた時間が長いほど、握力はついています」

 メラン大佐の言葉が心に飛び込んでくる。
 僕は、また手のひらを見た。

 「もう未来や幸せをしっかりとつかむ力が、ユッキーには備わっているのです。拳を握っていたことに気づけたのなら、あとは目の前の世界で大切にするものを見極めるだけです」

 手が、熱を持っているように感じた。
 ボールを投げる腕にも、力がみなぎる。
 僕の投げたボールはバチンッ!と力強い音を立てて、メラン大佐の手に収まった。

 「大切にするもの、か」

 「物も、事も、人も、ですね」

 メラン大佐はしっかりとしたフォームで、体重の乗ったボールを放ってきた。
 ボールを取った手のひらがジーンとして、少し赤くなった。

 「全部が溜め込むばかりだったね。そこでもアウトプット、循環させることが大切だったんだな」

 僕はゆっくりとモーションを取り、思いっきり腕をしならせた。
 指にかかっている感触を、ボールを放つギリギリ直前まで感じることができている。
 自分でも分かる。
 球が走っていた。 
 一直線の軌道からホップし、ボールはメラン大佐の頭に直撃した。

 「そうです。全ては巡っています。滞らせることは、自然の摂理に反することです」

 メラン大佐は落ちたボールを拾う。
 UFOからバズーカみたいな物を引っぱり出してきて、それにボールをセットした。

 「執着を放つのは何においても大切ですファイア」

 メラン大佐のかけ声と共に、バズーカからすごい勢いでボールが飛んできた。
 僕は一歩も動けず、それを肩に喰らう。
 ベランダの方まで転がったボールを拾いに行く。
 足元がすべらないことを確認した。
 ボールを握り込む。 
 振りかぶって上半身を大きくねじる。
 筋肉の反発を利用し、力が分散しないよう全身を使った。
 一球入魂だ。
 スピードに乗ったボールの軌道は一直線だった。
 メラン大佐は半笑いでグローブを構えている。
 捕球されたと思ったその瞬間、ボールは吸い込まれるようにメラン大佐の腹部に直撃した。

 「ふぐぉ!」

 ボール自体は固い素材ではないが、あの球速で腹に当たればそれなりの威力だろう。
 今度は、僕が半笑いになった。

 「スライダーだよ」

 「なるほどなるほど、素晴らしい放ち方ですね。私も見習ってどんどん放っていくとしましょう」

 ガラガラと音を立て、車輪のついた砲台のような物がUFOから出てくる。
 後ろに取り付けられたカゴには、ボールが百個くらい入っていた。
 明らかに連射を可能にしている構造だった。
 それはまぎれもなくガトリングガンだった。

 「さぁ放たれる喜びを味わうが良いですよぅあたたたたたたたたたた!!!!!!!!!」

 砲台からボールが連発された。
 なす術もなく、僕は球を喰らい続ける。
 メラン大佐は鬼の形相でハンドルを回しまくっていた。

 「痛たたたたっ!きったねーぞ!機械の力に頼るな!」

 「元はと言えばユッキーがけっこうな力でボールを投げ返してきたのでしょうがぁ!!頭にもわざと当てましたよねぇぇぇ!?!?」

 「そっちがヘタクソだからだろ!」

 「さぁさぁ執着を手放したその手で、ボールをつかんでごらんなさいな!!こんな風に、チャンスは世界のそこら中に溢れているのですからね!!練習ですよ練習ぅぅぅぉらぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 「わかったわかった!僕が悪かった!」

 「今さらあやまってもムダですぅぅぅ!!!!」

 ガキンッ

 「ん?」

 球が止まった。
 メラン大佐の手には、ブチ折れたハンドルが握られている。
 僕はガードしていた両手を下げ、砲台がピクリともしなくなったことを確認した。
 メラン大佐はハンドルを後ろに隠す。

 「まぁユッキー、ここいらで終焉としましょう。どっこいどっこい。フィフティ・フィフティ。喧嘩両成敗。ということでおばぁぁぁ!!!!」

 僕はメラン大佐に飛びかかっていた。
 砲台のカゴからボールを取っては当てまくった。
 こうして、執着を手放すことによる切なさと、それを上回る爽快さを僕は体感した。









【うつになったら、断捨離をするしかない】









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