#09うつになったら、映画を観るしかない

 なんだかモヤモヤする。
 午前中に家事をすませて、軽く散歩もした。
 昼からはのんびりとしようとしていたけど、じっとしていると身体が落ち着かなかった。
 何もできないもどかしさも辛いけど、何かをしたいのに行き場が分からないというもどかしさも、また居心地が悪かった。

 「どうしたのですかユッキー、そんなにムラムラして」

 「やめて。変な言い方しないで。モヤモヤだから」

 「午前中から活動的に動いていましたが、今は手持ちぶさたな感じですね」

 「なんだろ。動きたいんだけど、どう動いたらいいのか分からないというか」

 「素晴らしい!ユッキー、そうとうに素晴らしい状態です。その意欲を賞賛して、コリ・コリックといきましょう」

 メラン大佐が両手を腰に当てて胸を張った。
 前回の栄養補給で以前より太く長くなった触角を突き出している。

 

 「ずいぶん誇らしげだこと」

 「まだ自分の中に伸びしろがあったことに自信がつきました」

 「やかましいわ」

 「コリッ!」

 「うぉ!?」

 メラン大佐は奇声を上げ、頭を大きく振って触角をぶつけようとしてきた。
 僕はとっさに攻撃をかわす。

 「なにすんだよ!?」

 「うまく避けましたね。しかしまだまだ!コリコリッ!!」

 「おぃ!?」

 触角が僕に襲いかかる。
 上半身を反らしてワンツーで放たれた触角をかわした。

 「ユッキー、スウェーバックとはやりますね。しかし、スウェーバックと水泳バッグが似てるのは偶然なのでしょうか?」

 「知るか!ってかなんなの!?」

 「コリ・コリックするためです。大人しく喰らってコリ・コリックさせなさい」

 「設定おかしくなってる!」

 「万物は流転するのです。昨日の常識が今日の非常識になる現代社会ですよ!私のぉぉぉぉぉぉ!!触角はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!宇宙一ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!」

 「さては『ジョジョ』読んだな!?」

 「コリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリッ!!コリコリコリコリコリコリッ!コリコリコリコリ、コリコリ、コリコり、こリ」

 「明らかに呼吸が乱れてる」

 言葉の勢いとは裏腹に、メラン大佐はもう触角攻撃も繰り出せていない。


 「こりこり、ふぃー。ちょっと、もう首が痛いですんけど、終わりにしてもいいですか?」

 「もう心の底からどうでも良いから好きにしてくれ」

 メラン大佐は首をゆっくり伸ばすように回す。

 「う~む、きついです。肩が凝ってしまいました。こんな茶番はもう懲り懲りです。肩凝り、懲り懲り、コリ・コリックゥゥゥ!!!!

 「いや今のは予測できちゃったよね」

 僕のぼやきを無視して光は放たれる。



































『映画を観なさい』


































 光が消える。

 「意欲的に行動しようとするのは本当に素晴らしいことです。しかし人間は機械ではありませんから、日によっては気持ちに身体が追いつかず空回りすることもあるでしょう。そんな時は視点を変えてみることも大切です」

 「それが、映画だと」

 「視覚を中心にした、半自動的に情報を取り入れられる方法が時には有効です」

 「テレビじゃダメなの?」

 「テレビも見方によっては学びを得られますが、情報ノイズが多いことも事実です」

 「なるほど。まぁ見たくもないニュースが目に入ったりもするもんね」

 「映画は、チョイスをする時点で無意識に自分が望んでいる内容やメッセージを引き寄せているものです。なんとなく観てみよう、という感覚は、実はとても理にかなっているのです」

 僕は『自分の中の名作』と言える映画を思い浮かべた。
 確かに、その時々に応じて心に響く内容だったことに気づく。

 「そういえば最近は映画なんて観てなかったなぁ」

 「思い出した時に、思い出したことに素直に触れてみるのも、自分を知る大切な方法のひとつです。さぁ、レンタルショップに行きましょう。映画館じゃなくても、この技術の結晶で限界までコンパクトにされたテレビでも充分です」

 「イヤな言い方するね」

 メラン大佐はすでに玄関で準備万端にしていた。

 

 「さて私も偏光フィルター装置を作動させて、道行く人類と触れ合い、地球の最新情報に触れましょう。地球の人間から見た私の姿は肉体派の外国人男性にしか見えません。ハリウッド男優くらいのルックス設定でしかありません」

 「なんでそんな高スペックにする必要があるんだよ」

 「せっかくなら羨望の眼差しを受けたいというのが本音です」

 「そこそこミーハーなのね」

 「これ以降、私のことは『イーロン』と呼んでください」

 僕はメラン大佐を無視して、スニーカーの靴紐を結んだ。
 
 

















 「さぁYuckie!入りまショウ!最高ですネ、JAPAN!!」

 「Cookie(クッキー)みたいな発音で呼ぶのやめて」

 散歩がてら15分ほど歩き、最寄りの駅にあるレンタルショップに到着した。
 メラン大佐のテンションはマックスだった。
 道すがらでイーロン(メラン大佐)は、女性はおろか少年やおっさんの視線も根こそぎ集めていたからだ。
 ネコまですり寄ってくる始末だった。
 僕はメラン大佐に便乗してネコの頭を撫でようとしたが、逃げられた。
 レンタルショップに入る。
 人はまばらだったけど、そこら中に張られている映画や音楽のポスターの鮮やかさに、一瞬で目が楽しくなる。
 びっしりと棚に並んだディスク一つ一つの持つ熱量も充満している。
 ふいに気づいた。
 僕は、こういった場所が好きだった。

 「ユッキー、すごいですね!こんなにも色んな、…いーろんな映画があるとは!」

 「イーロンにかけて言い直すな」

 「さぁさぁ、選びましょう!選びまSHOW!」

 メラン大佐を煙たがりながらも、僕もワクワクしていた。
 物色している内に、棚の上の方にあるオススメ旧作が僕の目に飛び込んできた。
 求めているものをチョイスするものだ、というメラン大佐の言葉が頭をよぎる。
 腕を伸ばすと、横の棚に立て掛けられているケースがひじに当たって落としてしまった。
 その棚を店員が整理していて、僕は気まずくなる。
 店員は落ちたケースを拾い、差し出してきた。
 それは僕の目当てのものではなく、さらに気まずい。

 「あ、これ、あたしも好きなんですよ」

 そう言った店員は驚くほど輝く笑顔を見せた。
 僕と同い年か少し年下くらいの女性で、あまりのまぶしさに目を逸らしてしまう。

 「マイナーな監督だから広まると嬉しいんですよねー。あたし的になんですけど、すっごくオススメです」

 笑顔が少しイタズラっぽいものに変わる。
 僕は自分の気になった映画のジャケットを見たい。
 チョイスしようとしたのは、取り損なった旧作の棚に入ってるものだ。
 自分の意志を、欲求を、手が伸びたものを信じる。
 それが今の僕にできる、己を信頼するためのスタンスだ。
 人の意見に左右されている場合じゃない。
 僕は言った。

 「借ります。これ見たかったんです。ありがとうございます」

 笑顔の店員に会釈する。
 メラン大佐が驚きの表情を浮かべている。
 僕は一目散にレジに向かった。

 「ちょっとユッキー!」

 「うるさい」

 「流されましたね!?」

 「黙れ」

 「異論あり!異ー論あり!」

 「だからイーロンにかけるな!僕はこれを借りる。苦情は一切受けつけない」

 「ユッキー、あなたは恐ろしい人だ。新作一本、二泊三日の料金で旧作が五本借りれるというのに」

 僕はさっさとレジを済ませ、レンタルショップを後にした。
 帰り道もメラン大佐がグチグチ言ってるのを無視して、歩き続ける。
 早々に家へ着き、ディスクケースを取り出す。
 ラベルに印字されたタイトルを見る。

 

 「ちょっとユッキー、これは明らかに野暮ったいタイトルですね。私はもっとスペクタクル作品が観たかったのに」

 メラン大佐の言う通りだった。
 それは新作の邦画のわりにタイトルが古くさい。
 そもそも僕は洋画派だ。
 後悔の念が胸に押し寄せる。

 

 「うん、これは、なんかイマイチっぽいな」

 「だから流されてはいけないと言ったんですよ」

 ぐうの音も出なかった。

 「でも借りちゃったし、仕方ないだろ。新作料金払ったのに観ないなんてもったいないことできないから」

 不満そうなメラン大佐をよそに、僕はディスクを再生させた。



















 エンドロールが流れる。
 メラン大佐に肩を叩かれた。

 「ティッジュ、もらっでいいでずかグス」

 僕の目の前に置いてあるティッシュの箱は空だった。

 「ちょっど待ってでグス」

 僕は新しい箱ティッシュを取り出す。
 二人とも号泣していた。
 なんだ、なんなんだ、この映画は。

 

 「最高でじたねチーン!!」

 メラン大佐の鼻をかむ音がエンディング曲のピアノに重なる。

 「あぁ。三回、…泣いた」

 「私は四回でず」

 誰もが共感できるシーンが連なっており、かつ、それらが押しつけがましくなく、グイグイと映画の世界観に引っ張られていく素晴らしい内容だった。

 「邦画って、こんなに良かったっけ?」

 「いえ、この作品は別格です。天才ですよ、この監督」

 「だよね。圧倒的だよね」

 「これ、私のソウルムービーにします」

 メラン大佐が目尻をぬぐう。
 僕は静かにうなずいた。
 エンドロールの横に映る後日談的なスライドショーを見て、また涙が頬をつたう。

 「あ、四回目…」

 「私は五回目ですぅぅぅう゛う゛う゛う゛…」

 こうして、僕は今までの価値観を手放し、新しい視点で手を伸ばしてみることの素晴らしさを再確認した。









【うつになったら、映画を観るしかない】









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