氷の魔法使いロイと涙の魔女

第1章

ロイは氷の魔法使い。
氷を必要としている人々の願いをかなえるため、せっせと魔法を使っていました。
その働きぶりを見て感心した神様は、ロイに魔法の杖をさずけました。
杖の力でさらに強い魔法を使えるようになったロイはよろこびます。

「よし、世界中の氷が美しくいられるように、もっともっとがんばるぞ」

ロイは氷の中に記憶や思い出をたくすことができるようになりました。
はるか遠くまで言葉をつないだり、世代をこえて物語をつないだりしました。
なにかをつなぐたびに氷はきらめき、その表面にはロイの笑顔が映しだされていました。
ロイは氷に歴史をきざむことも仕事にして、いっしょうけんめいに働きました。

しかし文明が進み、人々は自分たちの力で氷が作れる機械を発明します。
ロイの魔法は、日々のくらしには必要とされなくなっていきました。
機械はどんどん増えて、いろいろなことで使われるようになりました。
その機械の熱で自然界に必要な氷が溶けはじめてしまいます。

「たいへんだ。僕がどうにかしないと」

氷がなくならないように、ロイはがんばって魔法を使いました。
ロイの仕事は、人々の願いをかなえるものから自然の氷をたやさないことに変わりました。
長い年月をかけて氷のバランスを取っていましたが、とうとう限界がきてしまいます。
ロイが氷を作るスピードよりも、機械の熱が氷を溶かすスピードの方が早くなってしまったのです。
少しずつ、ゆっくりと、そしてあっという間に、自然の氷は溶けだしていきました。

「だめだ、間に合わない…」

ロイは困ってしまいました。
どれだけがんばって魔法を使っても氷は溶けていくばかり。
それでもロイはせっせと、いっしょうけんめいに働いていました。
人々はそんなロイの姿を見て、自然の氷が溶けていることにやっと気づきます。
ロイの家の前に集まり、声をかけてきました。

「氷河が溶けてるよ!」

「海の水がふえて陸がしずんじゃうよ!」

「シロクマの住む場所がなくなっちゃうよ!」

ロイは耳をうたがいました。
それはロイをせめるものだったのです。
街のかたすみではたくさんの機械が動きつづけていました。
人々は自分たちの豊かさのことしか考えられなくなっていたのです。
そのあまりの身勝手さにうんざりしたロイは、すべてがいやになってしまいました。
ありったけの魔力をこめて自分の家のまわりに氷の壁を作りました。
外からの音は全く届きません。
もちろん内側の音も外には届きません。
氷はきれいな透明で、外の様子がよく見えます。
しんとした家の中からながめる世界は、まるでスローモーションのようでした。
ロイにとって、それはとても美しく見えました。
人々はロイのところに押しかけなくなりました。
なにを言っても反応がないからです。
やがて誰も、世界の氷が溶けていることの話をしなくなりました。

「あぁなんて静かなんだろう。これが僕とみんなとの、お互いがおだやかにすごせる良い関係なんだ」

ロイはせいせいしました。
床に魔法の杖が転がっています。
もう杖はいらなくなりましたが、捨ててしまっては神様に合わせる顔がありません。
そこでロイは外に出て、魔法の杖を屋根のてっぺんにかざりつけました。

「うん、かっこいい。こうしておけば神様も怒りはしないだろう」

ロイは家にとじこもり、音楽や映画を一人きりで楽しみました。
素晴らしい時間がすぎていきます。
長い長い時間が、すぎていきます。








第2章

ある夜、ロイは気づきました。
氷の壁の外に、全く人の姿が見えないのです。
夜とはいえ、普段ならもう少し人通りがあるものなのです。

「今日は感謝祭だったか、王様の誕生日だったか、何かの行事だったかな?まぁ明日にはまた人であふれかえるだろう」

ロイは考えるのをやめて、映画を見て寝ました。
ところが翌日の朝になっても、外には人の姿が見あたりません。
様子がおかしいのでロイは外に出ようと思い、氷の壁を魔法で消そうとしました。
ゆっくりと氷に穴が空いていきます。

「あれれ?」

ロイは不思議に思いました。
このくらいの氷の壁なら、かんたんに消したり作ったりできるはずなのです。

「ひさしぶりに魔法を使ったから、にぶってるのかなぁ」

仕方なくロイは氷の壁に空いた小さな穴に体を入れて、なんとかくぐり抜けました。
ゴロンと外に転がり落ちると、そこには目をうたがう景色が待っていました。
家も、樹々も、花も、街も、お城も、全てが氷づけになっていたのです。
世界が凍っていたのです。
となりの家を氷の壁ごしにのぞくと、家の主人と、妻と、小さな娘がいました。
家族三人でごはんを食べています。
ロイは一安心しましたが、音はいっさい伝わってきません。
三人は会話を交わしているように見えます。
その声が、外には届いてこないのです。
ロイはそこら中の家の様子をうかがいました。
どこの家も同じでした。
人々はなんとか生活はしていましたが、その表情は暗く、うかないものでした。
ロイは凍りついた街並みを見て、はっとしました。
その家々の様子は、氷の壁を作った自分の家とそっくりだったのです。
固くてぶあつい氷の壁にとじこめられた世界。
ロイはかじかんできた両手をこすりあわせます。

「だいじょうぶ、僕は氷の魔法使いなんだ。世界の氷をあやつれるのは僕しかいないんだ」

そう思うのと同時に、いやな予感がしました。
それは、さきほど魔法がうまく使えなかったことでした。








第3章

ロイはすぐに自分の家に戻りました。
屋根のてっぺんを見あげます。
いやな予感はあたってしまいました。
かざってあったはずの、魔法の杖がありません。
ロイはもう一度、魔法を使って氷を消そうとしました。
しかし氷はゆっくりと溶けるくらいで、すぐに寒さが溶けたあとを凍らせてしまいます。
ロイの魔力だけでは、あたりをおおいつくす氷はびくともしないのです。
びゅうと冷たい風が吹きました。
小さな氷の粒が散りばめられた風は、氷をよりぶあつくさせていきます。
風はお城の方から吹いていました。
ロイは走り出します。
お城が近づいてくるにつれ、よりいっそう風が強くなってきました。
冷たい風が強すぎて、ロイの足は止まってしまいます。
なんとかふんばります。
目をこらすと、お城の門の前に人影が見えました。
不気味な声が聞こえてきます。

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん

そこにいたのは大きな大きな魔女でした。
恐ろしい顔で、見ひらいた両目から吹雪をはなっています。
魔女は体を振りまわし、あたりの氷をどんどん大きくさせていきます。
すべてが凍りつくまで魔法を使おうとしているようでした。
そんな恐ろしい魔女の姿より、もっと恐ろしいことをロイは目にしてしまいます。
魔女の手には、魔法の杖がにぎられていたのです。
それはロイが神様からさずかった魔法の杖でした。
もう必要ないと、屋根のてっぺんにかざっていた杖です。
氷の魔力を強くさせる魔法の杖を、魔女にとられてしまったのです。
ロイは怖くなりました。

「僕がなまけたから、僕が望んだから、閉じこもりの氷の世界が現実に広がってしまったのかもしれない…」

魔法の杖をとりかえそうと、ロイは魔女に近づいていきます。
ロイの方を見た魔女の目から、さらに強い吹雪がはなたれました。
たまらずロイは吹き飛んでしまいます。
氷の地面をゴロゴロと転がりつづけ、ついには自分の家の前まですべっていきました。

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん

魔女の恐ろしい叫び声が聞こえてきます。
ロイはくやしくて泣きました。
その涙もすぐに凍りついてしまいます。
なにもできず、ロイは小さな穴をくぐって自分の家に逃げました。








第4章

家の中は外よりはまだあたたかく、ロイの涙はしずくとなって落ちました。
どうしようもない後悔が胸をいっぱいにしました。

なぜ、閉じこもってしまったんだろう。
なぜ、魔法の杖を手ばなしてしまったんだろう。

いくらなげいても、氷はどうにもなりません。
ロイは世界とのかかわりを投げだして一人でお気楽にすごしていた自分をせめました。
今、街中の人が孤独を感じている。
誰ともかかわれない、閉ざされた世界で不安をかかえている。
いつ終わるかわからない氷の世界で、一体なにを想ってすごせばいいのでしょう。
ロイは魔力を、両手に力いっぱい集めました。
どんなにがんばっても、氷の壁をとかすことはできません。
ロイはまた泣きました。
自分が、本当は誰よりも世界とのつながりをもとめていたことに気づいたのです。
たくさんの音楽や映画のすばらしい思い出も、誰かとわかちあうことができなければ意味がないと気づいたのです。
ロイはそんなことを思えば思うほど悲しくて、つらくて、自分への怒りがこみあげました。
手のひらをギュッとにぎり、氷の壁にたたきつけました。








リィィィィィィィン








ロイはおどろきました。
氷の壁から、聞いたこともないような美しい音がひびきわたったのです。
その音はロイの胸に優しくなじんでいきました。
もう一度、ロイは氷の壁をたたいてみました。








リィィィィィィィィィィィィィィン








さっきよりも、さらに澄んだ音がしました。

「なんてきれいな音なんだろう」

ロイがうっとりしていると、氷の中からなにか聞こえてきます。
耳をすませました。








【世界は素晴らしすぎて気づかれない】








たしかにそう聞こえました。
ロイはまたおどろきました。
その言葉は、ロイの大好きな映画のセリフだったのです。
ロイは氷の壁をたたきます。








【君は僕よりいい人間だ。おかげで僕までいい人間になれる】








はっきりと聞こえました。
それも、ロイの大好きな映画のセリフでした。
ロイは氷の壁をたたきます。
たたくたびに、さまざまな映画のセリフが飛びだします。
何度もたたくうちに、ストーリーまでもが聞こえてきました。
ロイは強く願いをこめて、想像をして、魔力をこめて、氷をなぞります。
すると、まっさらな氷の表面で映画がはじまりました。
ロイの中にある記憶が、フィルムになったのです。
同じようにして、ロイは氷をなぞります。
今度は音楽が流れはじめました。
ロイの中にある思い出が、メロディをかなでたのです。
ロイはうれしくなりました。
外には冷たい風が吹きあれていますが、心の中はぬくもりにあふれていました。
そこでロイは思いつきました。
小さな穴をくぐり、外に出ました。
となりの家の前に立ち、胸に音楽を思いうかべ、氷の壁をなぞりました。
家の中にいた三人家族が、ロイの方を向いています。
音楽が氷の壁をつたって、届いたのです。








第5章

ロイは柔らかなバラードを思いうかべて、氷をなぞっていました。
となりの家の主人が、うっとりとした表情で妻へと何かをつたえています。
妻はこくりとうなずき、小さな娘に何かをつたえています。
その女の子はじっと両親の顔を見つめていました。
曲が終わります。
三人はだまっていましたが、先ほどの静かさとは様子がちがいます。

「よし、次はこいつでどうだ」

ロイは、大好きなダンスナンバーを思いうかべて氷をすばやくなぞります。
ドラムの大きな音がなりました。
そのリズムに女の子が体をはねさせてよろこび、すぐにおどりだしました。
ごきげんで、ヘンテコで、そして心から楽しそうなダンスを見て、両親は笑顔になりました。
女の子のいきおいは止まりません。
両親の手をとり、イスから立ちあがらせます。
女の子のヘンテコごきげんリズムにつられて、家族全員でダンスを始めます。
外にいるロイも、気づいたらステップをふんでいました。
氷をなぞる手にもリズムがつきはじめ、どんどん音楽をつないでいきます。
三人の家族は大笑いして、笑いつかれて、みんな座ってしまいます。
ロイは音楽をとめました。
三人の姿をながめます。
家の中があたたかくなったのか、窓がくもっていました。

「たのしそうだな…」

ロイは大好きな映画を思いだし、氷をなぞります。
氷の表面で、映画がはじまりました。
女の子が気づき、かけよってきます。
氷の壁をはさんで、ロイと女の子の顔が鏡合わせのようになりました。
女の子からロイの姿は見えていません。
でもロイは感じました。
女の子と、自分が、間違いなくつながっていることをです。
両親も近づいてきます。
映画鑑賞がはじまりました。
ロイも外から映画を見ます。
三人がさまざまな表情を見せてくれることが、ロイはうれしくてしかたありません。
自分の大好きな音楽や映画が誰かの楽しみになるなんて、一人で閉じこもっている時には想像もつきませんでした。
しあわせを感じている中で、またチクリと胸が痛みました。
この氷の世界を作り出してしまったのが自分であることへの後悔でした。

映画が終わりました。
三人はほほえみながら、肩をよせあっています。
女の子が立ちあがりました。
スタスタと歩いて行くと、玄関から庭に出ました。
両親は慌てて上着を持って追いかけます。
女の子はとなりの家を見ています。
手をのばし、氷の壁をなぞります。
ロイの心臓がドクンと音を立てました。
先ほどのダンスナンバーが流れはじめたのです。
となりの家では、小さな男の子が窓から外をのぞいています。
あんぐりと口をひらいています。
小さな男の子の後ろから、さらに小さな男の子が顔を出します。
二人の兄弟は家の中にむかって何かを言っています。
すぐに、兄弟の両親も窓のところにやってきました。
全員が、リズムに乗っています。

「伝わっていってるんだ…」

ロイの胸の痛みが、よろこびによって消えはじめました。








第6章

となりからとなりへ。
音楽と映画はどんどん伝わっていきます。
ロイもたくさんの家に自分から伝えていきます。
いつからかどこからか、ロイが伝えたものとは別の、人それぞれの大好きな音楽や映画があらわれはじめました。
それらも伝わっていき、色とりどり無限大に広がっていきます。
閉ざされた氷の壁の中でも、人々の表情が晴れわたっていきます。
みんなが映画や音楽を楽しんでることが、ロイはうれしくてたまりません。
感想や感動を分かちあって、映画や音楽そのもの以上の価値が生まれていることが、もっとうれしくてたまりません。
世界中に、家族でも、恋人同士でも、一人でも、家の中で幸せな気持ちになり、それを共有するよろこびが広がっていきます。
そしてそこから、また新しい言葉や物語が生まれていきます。
一つ一つは小さなものでも、つながっていくことで素晴らしく大きなものに変わっていきました。





ピシッ





かすかな音がしました。
ロイが目をこらすと、氷の壁に糸ほどの細さのヒビが入っています。
そのヒビからは、光がさしていました。
ロイは手を近づけます。
ヒビが両はしから長くなっていき、亀裂に変わりました。
ロイは魔力を込めて、両方の手のひらに力をこめました。
亀裂は氷の壁をすごい速さで走っていきます。
見る見るうちに亀裂が氷の壁を埋めつくしました。
透明さはなくなり、真っ白になりました。
音が消えます。
次の瞬間でした。





カシャァァァァァァァァァァァン





美しく繊細で、そして壮大な音を立てて、氷の壁がこなごなにくだけちりました。
突然のできごとに、ロイは声が出ませんでした。
あたりを見わたすと、街中をおおいつくしていた氷の壁があとかたもなく消えてなくなっていました。
人々が、不思議そうな顔をしながら外に出てきます。
みんなで顔を見あわせました。
今度は力強く豪快で、それでいて心地良い音がわきあがりました。
歓声です。
人々の歓喜の声が、街中に、世界中にひびきわたったのです。

「わぁ!見て!」

誰かが言いました。

「氷のかけらが!」

「キラキラ光ってるぞ!」

「ダイヤモンドみたいだ!」

くだけちった氷が、かがやきながらロイのまわりをただよっていました。
まるでロイに話しかけているようです。
ロイは氷のかけらにふれます。
たまらなくうれしくなり、ロイは高らかにさけびました。
その声と同時に、氷のかけらたちはいっせいに広がり、強く光って消えていきます。
その美しい光景を見た人々の歓声が、さらに大きくなります。
一番おどろいたのはロイ自身でした。
両手からあふれる魔力を感じます。
びゅうと冷たい風が吹きました。
氷の壁はなくなりましたが、遠くにはまだ吹雪がうずまいていました。
ロイは魔法で風をしりぞけます。
魔女のいるお城に向かって、歩き出しました。





 

第7章

魔女は変わらず、その目から吹雪をはなっていました。
ロイは両腕で顔をかばい、少しずつ近づいていきます。
魔女の姿がはっきりとしてきました。
近くまで来ることでロイは気づきました。
魔法の杖は、魔女の手ににぎられ、凍りついていました。
吹雪をはなつ両目も、魔法の杖をふりまわす動きも、よく見ると様子が変です。
ロイは魔女に近づき、魔法をはなちました。
魔女の手を凍らせている氷をとかしたのです。
ドン!と音がして、一気に吹雪がやみました。
ロイは顔の前から手をおろします。
地面には、魔法の杖がころがっています。
魔女は泣いていました。
その涙はとめどなく流れています。
ほほをつたい、服をぬらして、地面にしみていっています。
涙は止まりません。
ロイは魔法の杖を手にとります。
あたり一面の氷を消しさりました。
魔女の体は小さくしぼみ、さっきまでの恐ろしい姿がうそのようです。
泣きながら魔女は言いました。

「わたしは、炎の魔女です…」

魔女は炎をあやつる魔法使いだったのです。
世界であっという間に増えた機械の熱も、魔女の炎の一部でした。
人々の暮らしをよりよくする機械があらわれはじめた時は、機械も、その熱も、豊かなエネルギーとしてよろこばれていました。
しかし時代が進むにつれ、とくに必要としていないものにまで機械は使われはじめてしまいました。
その熱はむだなエネルギーも生みました。
世界の炎のバランスがくずれだしたのです。
機械は増えつづけ、熱は上がりつづけ、炎はコントロールがきかなくなりました。
人々の声は、機械をのぞむものと、機械をきらうものに分かれていきました。
炎や熱の混乱したエネルギーは、炎の魔法使いである魔女にも向けられました。

「氷河が溶けてるよ!」

「海の水がふえて陸がしずんじゃうよ!」

「シロクマの住む場所がなくなっちゃうよ!」

そんな人々の声が、魔女には恐ろしく聞こえて、耳からはなれなくなってしまいます。
ロイは自分が閉じこもった時のことを思いだしました。

「なんとか炎のバランスをとろうとしたのですが、わたしの魔法だけではもうどうにもならなかったのです…」

こまりはてた魔女は、氷を自由にあやつる魔法の杖があるといううわさを聞き、この街にやってきたのでした。
魔女は炎の力で人々の願いをかなえられないことがつらくて、その心はボロボロでした。
氷の家の屋根に魔法の杖がかざってあるのを見た時、魔女の中にはうれしさと悲しさが入りまじっていました。
杖を手に取ると、氷の魔力が魔女の体をつつみこんでいきました。

これで、炎を怒られなくなる。
これで、全てを凍らせれば怖い声を聞かなくてすむ。

魔女の願いは、もうゆがんでしまっていたのです。
魔法の杖は魔女の願いに強く反応してしまい、すさまじい魔力をはなちました。
周りの景色が見る見るうちに凍りついていきました。
魔女は恐ろしくなり、魔法の杖をはなそうとしました。
しかし、すでに杖を持つ手は凍りついていました。
杖を放り投げようと腕を強くふりましたが、氷の魔法が広がっていくだけで、世界を凍りつかせるのが早くなるだけでした。
望まない景色に変わっていくのを見て、魔女は泣きました。
その止まらない涙は、吹雪になりました。
魔女は自分の体から放たれる氷の魔法を、コントロールすることができなかったのです。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

魔女は、うぉぉぉんと大きな声を上げて泣きました。
ロイは黙ってしまいます。
どんな言葉も無力に思えました。
まだ冷たさの残るしんとした空気がはりつめています。







みんなでやろう








声が聞こえました。
ロイが見ると、小さな女の子が立っていました。
となりの家の女の子です。
ひとみをうるませていました。
そのひざはかすかにふるえていました。
ロイと魔女はおどきました。
女の子のひとみの光にあてられて、まわりの人々も目をかがやかせました。
次々に声が上がっていきます。

「そうだよ!」

「まかせっきりにしてごめん!」

「おれたちもやるからさ!」

それはやがて大きな波になり、街中に、世界中に広がっていきます。
全員が協力して世界を作っていこうという、宣誓のようでした。
その勇気にみちあふれた声を聞いて、ロイの胸には情熱があふれ、魔女の胸には冷静さがもどります。

「もう一度みんなでやってみようよ。僕は氷の魔法使いロイ。もうとじこもったりしないからさ」

ロイはてれ笑いをうかべ、手をさしだしました。
魔女のほほをぬらしていた涙が、一瞬にしてかわきました。
炎の魔力が力強く、燃えあがったのです。

「わたしはルー。炎の魔女ルーです」

ルーも手をさしだします。
かたい握手をむすんだ二人の魔力はあたたかさとなって、うずをまくように世界に広がっていきました。
灰色のくもが消えて、青空と太陽も顔をだしました。
日ざしをあびながら、人々は顔を合わせ、言葉をかわし、手を取って、抱き合って、みんなで再会を祝福しました。
誰もがぬくもりの大切さを、心からよろこびました。







エピローグ

ロイはせっせと世界に必要な氷を作ります。
ルーは世界の炎をコントロールしています。
人々は世界から機械の数をへらしていきました。
命にかかわる大切な機械も動いているので、全てを止めることはできません。
ロイとルーをたすけるために機械をつかったり、おさえたりして、世界のバランスを取っています。
以前のような便利さはなくなりましたが、みんなたのしそうにしています。
新しい幸せを作りはじめていました。

ロイは手のひらに乗るほどの氷の板を作りました。
歴史をきざめる『きらめきの氷』です。
永遠ではありません。
いつかは溶けてしまう氷です。
それでも、ロイは世界中の人々のところにその氷が届くよう魔法をはなちます。
ふだんは氷の表面に言葉も音楽も映画もあらわれません。
ただただそこには、もつ人の笑顔が映しだされているのでした。





おしまい