『カンジョー2/怒りのマグマ』

どうも、もっさんです。
日々、おつかれさまです。


さて、往年のアクション映画の続編みたいなタイトルです。
前回は(『カンジョー/新たなる怒り』)

『自分が本当は怒ってることを認めよう』

という話でした。
今回は、その怒りをどう強みに変えていくかというところにフォーカスしていきましょう。








【感情の四天王】

前回もちょっと触れましたが、僕らの感情は

喜・怒・哀・楽

と表現されます。
怒は二人目です。
とかく怒と哀は敬遠されがちです。
ネガティブ、マイナス、負の感情ってイメージです。
(この辺は以前に書いた記事を読んでみてください。
【ネガティブという名の才能】)

ざっくりとですが、僕らにはネガティブな側面も絶対に必要で、安全確保とか危機管理って視点で見ると超絶優秀なステータスだということです。
なので、四つの感情が並べられていることからも分かる通りで、僕らにはどの感情もあるよってことですね。

喜ぶし、
怒るし、
哀しむし、
楽しむ。

それが僕ら人間ってことです。
それは

喜んでいいし、
怒っていいし、
哀しんでいいし、
楽しんでいい。

ってことでもありますよね。

「うわアーモンドチョコ食べ終わって箱を捨てようと分解したら奥にまだ一個残ってた!」

って喜んでいいんです。
楽しんでいいんです。
遠出して帰ってきた時の駐車で疲れからか油断していていつもなら絶対に当てる訳ない縁石でバンパーこすって哀しんでもいいんです。
そして同じように、『怒り』も感じていいってことになります。

さて、ここですね。
そんな簡単に怒っちゃいけない。
短気は損気。
そんな風に言われたり、自分でも感じたりして生きてきてますけど、

怒りって、人にぶつけるのが前提になってません?

喜びも悲しみも楽しみも、分かち合えるものでもありますが、それらは

自分が感じる

ってことがベースになってますよね。
ところが怒りが毛嫌いされる理由って

人にまき散らす

ってイメージがあるからなんだと思うんです。
外に向かう、放出、アウトプット、そのへんと直結してますよね。

もちろんすぐ怒鳴り散らしたり、ピリピリしたオーラをこれみよがしに放つのは良くないです。
それは敵意になっちゃいますし、周りにストレスも感じさせてしまうし、大きく見た時に怒ってる自分にも害があるものですからね。
なのですが、

怒りを感じること

これは、もうどうしようもないですよね。
感情ですからね。
映画『ショーシャンクの空に』を観て「感動するな!」って言われても困りますよね。
「いや感動するわ。モーガン・フリーマン最高だわ」ってなります。
それと同じで「怒りを感じるな!」って言われても無理なんですよ。

怒りは

・喜び、悲しみ、楽しみと並ぶ感情の一つであること

・それは「自分が感じるもの」であること


ここを理解してあげると、「怒っちゃいけない」という感覚で押さえ込むことがなくなっていきます。

前置き長くなりましたが本題です。
その感じた『怒り』を、どう表現するかですね。




【怒りはマグマ】

おそらく、怒りを封じ込めた理由もここにあるのではないでしょうか?
僕らうつー人の心の中にあるマグマは、ハンパじゃないですよね。
そもそも、マグマレベルの凄まじいエネルギーをその身体に宿してなければうつMAXになんてなれないですからね。
(#うつ自慢)

そのマグマが、周りの人を飲み込んでしまうのを恐れてません?
そして、自分自身をも飲み込んでしまうのを恐れてません?

マグマを、怒りを、制御できる自信がなくて、それが極端に『怒り』を恐れてる理由だと思うんです。
それは自分の怒りに対して、です。


「いや違う。人が怒ってるのが怖いんだ。敵意を向けられるのが怖い」


それもあると思います。
その上で、人の怒りが自分の怒りを誘発させることが、一番怖いのではないでしょうか?
人のマグマが自分の死火山に火を点け、全てを飲み込むような大噴火を起こすことが怖いのではないでしょうか?

地上で噴火させたら(怒りを表出させてしまったら)、とんでもない被害を生んでしまう。
それは相手を傷つけたくない、相手を守りたいという気持ちに他なりません。
怒りを認めたのはいいけど、どう処理したらいいか分からない。
優しさから怒りを押さえ、怒りを恐れているのは間違いないです。

うつー人は優しいです。

これもうホントに、海のような広さを持っていて優しい。
だけど、うつー人は凄まじい怒りのマグマを持っている。

ずっと抱えていたこの矛盾にどうやらヒントがありました。




マグマを海の中で噴火させる

マグマは噴出した瞬間、海水で冷やされ岩の塊になります。
勢いはそのまま、上昇していきます。
海面に顔を出した時、それは島になります。
そこで渡り鳥が羽を休めるかもしれません。
鳥が種を落として行って、花が咲くかもしれません。
やがて島は大陸になり、どこかと地続きでつながり、草木の芽吹いた大地を見た動物たちが集まる場所になるかもしれません。

恐れていた自分の怒りは、全てを飲み込み死滅させてしまうとすら思っていたマグマは、海の心を通すことで命を育む場所になり得るんです。
マグマはすんごい高熱で僕らを焼き尽くそうともしますけど、それと同時に僕らが安らげる環境を作ってくれるんです。
うつー人の持つ海のような優しさの心は、自分の中にマグマを感じることを恐怖ではなく安堵に変えてくれます。
光と影。
表裏一体。
ここでも出てきますね。
マグマも才能です。
怒りにも、マグマにも、僕らの才能とか個性、他の誰のものでもないオリジナリティが存分に活かされてるんです。
ネガティブとポジティブが反転し合うのって、ホント全部に当てはまってるんですよね。

地球も地殻の下はマグマです。
ってか地球の中、ほとんどマグマですね。
地球で生まれた僕らの中にマグマがあっても、何の不思議もありません。
しかも地球内部のマグマは、めちゃくちゃ高い圧力がかかってるんで、液体ではなく固体として存在してるようなんですよ。

…と言いながら僕も理解できない若干の脳内パニックを起こす話なんですけど、僕らの中のマグマもちょっとやそっとじゃドバーッと溢れ出るものではなく、海のような心や、色々な要素でしっかりと形を持ったエネルギーとして存在するようにできてるんだと思うんです。










【まとめ】

二回に渡ってお届けした『怒り』の話でした。

「あなたはホントは怒ってるんですよ」

なんて言われて、穏やかだと思ってた心を波打たせてしまいましたよね。
ホントすいませんでした。
その上で、ここで怒りを認めておくとうつー人が生きやすくなるのは間違いないんです。

うつー人は、感情を押さえ続けるガマンの谷で、落ちないように足を踏ん張って耐えてしまいます。
落ちることへの恐怖は、耐えても耐えても止むことはありません。
僕もそうでしたが、踏ん張る力をつけようとしてしまうんですよね。
圧倒的な足の筋肉をつければ、この辛さをものともしない力がつくはずだ、って。
そうではなくて、耐え続けなきゃならない場所っていうのは、そこはもう自分の立つステージじゃないってことなんです。

踏ん張るんじゃないんです。

踏み切るんです。

足を踏み切って、谷を飛び越えましょう。
認められた怒りも、内に秘めてるマグマも、ジャンプするエネルギーを爆発させる支えになってくれます。
踏ん張って耐えてた時間が、踏み切って飛び越える力を蓄えてくれてます。
大丈夫です。
拍子抜けするほど、あっけなく向こう側です。
一緒に、いきましょう。


もっさん