#02うつになったら、日光を浴びるしかない

 目が覚める。
 睡眠を取っていたことに気づく、という感覚だ。
 頭痛は、やっぱりあった。
 ここ最近のいつも通りの朝にげんなりする。
 ゆっくりと部屋の隅を見る。
 UFOがあった。
 隣を見る。
 メラン大佐が寝ていた。
 お客さん用のちょっと良い羽毛布団をかけている。

 夢じゃなかった。

 いつも通りじゃないことが起きていた。
 UFOがアパートに突撃してきたこと。
 宇宙人と暮らすことになったこと。
 それが大変な事態なのは間違いなかったが、今の僕にとって自分の身体と心の平穏を取り戻すことが最優先事項だ。
 未知との遭遇すら、どうでもいいことだった。

 窓の隙間から光が差している。
 僕は足でカーテンを閉めた。

 「なぜカーテンを閉めてしまうのです?」

 メラン大佐が起きていた。

 「まぶしいのがしんどいから」

 目を細めると頭痛が増してきた。
 動き始めた世界を見ると、自分だけ取り残されている気がしてくる。

 「よし、ではユッキー」

 「なんで急に距離を縮めてきたの」

 「コリ・コリックしましょう」

 「しなくていい。あんな光を浴びたら余計にまぶしいから。名前もなんか恥ずかしいし」

 僕は布団をかぶる。
 頭痛はあったが、昨日ほどではない。
 これくらいならじっとしてれば耐えられる。
 数時間も我慢してれば少しはマシになるだろう。

 「ぐぇ!」

 腹に衝撃を感じ、僕はうめいた。
 明らかにメラン大佐が乗ってきやがった重みだ。
 布団をはねのける。

 「ちょっと!人の腹に乗っかるなってうわぁぁぁ!!僕の、僕の腹に、非常に危険な爬虫類と名高いインドネシアに生息するコモドドラゴンが乗ってるぅぅぅ!!!!」

「さぁさぁ、まだ幼いとはいえ噛まれたら猛毒で大変なことになりますよ?」

 幼体のコモドドラゴンはメラン大佐に抱きかかえられ、目を丸くさせている。

 「どけて!どけてー!ってかどこから連れてきた!?」

 「我々の科学技術をナメないでもらいたいですね。うつー人にとって、冷蔵庫に放置されていたパックのお寿司についてるワサビをコモドドラゴンに変形させることなど、炒飯前です」

 「朝飯前だろ!なんだよ炒飯前って!それなりに準備いるわ!」

 「さぁコモちゃん、誇り高きコリ・コリックを恥ずかしいなどとのたまうユッキーに噛みつき、24時間かけてゆっくりと身体が弱っていく感覚を味あわせておやりなさい。言っておきますが逃げてもコモちゃんは嗅覚が敏感なのでどこまでも追いかけることができますからね。どこまでも、どこまでも、どこまでも」

 「あんた僕を救うんじゃなかったのか!?分かったよ!お願いしますよ!」

 「何をです?」

 「あんたの言ってるやつだよ!」

 「私の言ってるやつとはなんですか?名称を言ってください」

 「言ってたまるか!」

 「コモちゃん」

 「言います言います!」

 「素直になってきましたね。さぁ、何を受けたいんですか?」

 「…コリ・コリック」

 「よく聞こえません。コモちゃん、毒なしでも高い殺傷能力を誇っていることを教えてさしあげなさい」

 「コリ・コリックです!コリ・コリックゥゥゥ!!」

 「お、なかなかいい発音ですね。OKです。ではコモちゃん、またお会いしましょう」

 メラン大佐がスマホをかざすと、コモドドラゴンは見る見る小さくなっていった。
 手のひらサイズになると粘度のように変形し、お寿司についてるわさびに戻った。

 「なんなんだよ、その宇宙技術は」

 「その内に地球でも当たり前の技術になるでしょう。ところで、日本で幼いコモドドラゴンは子供コモドドラゴンと呼ばれてるのですか?」

 「知らんわ!ほら、早くしてくれ!」

「コリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリ」

 メラン大佐が触覚を握り、先端をいじり始める。
 黒い目の焦点がカッ飛んだ。

 「あーもうちょっとこれホント怖いわー」

 

 「コリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリ・ココリコ・コリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリ
コリ・コリックゥゥゥ!!!!

 「途中に遠藤と田中がいた!」

 メラン大佐から放たれた光で部屋が包まれる。
 また、例の声のような文字のような思考のようなものが現れた。





























 『日光を浴びなさい』





























 目を開けると、メラン大佐が窓の前に立っていた。

 「うつー人にとって、太陽の光は何よりも大切なものなのです。さぁ日光を浴びましょう。ユー、ニッコー、アビル」

 「なんで急に片言なの」

 「ユー、ニッコー、アビル。ユー・アビル。あびる・優」

 「それ言いたかっただけだろ」

 「室内に差した光でも十分です。うつーをコントロールできるようになる身体づくりのために、日光を眺めて体内時計を調整しましょう」

 僕が窓の前に立つと、メラン大佐はカーテンをゆっくり開けた。
 まぶしさが目にしみる。
 あまり外の光を見ていなかったからか、慣れるのに時間がかかった。

 ぼんやりと、青空が目になじんで来る。
 鳥が飛んでいるのが見えた。
 小さくなっていく、その影を追う。

 空って、こんなに広かったっけ。

 徐々に、景色の輪郭がはっきりとしてくる。
 木が揺れていた。
 風が少しあるみたいだ。
 人も動いている。
 ゴミ出しをしたり、家の前の掃除をしていた。
 車やバイクが走っている。
 街がゆっくりと回っていた。
 通勤と思われるサラリーマンが何人か見える。
 胃が少し、締めつけられた。

 「人の動きはひとまず置いておきましょう今は、光に集中してください」

 僕はもう一度、空を見た。
 雲がうろこ状にかかっている。
 なんだか、古い写真を見ているような気分だった。

 「本当は外で直接浴びるのが、…あびる優なのが一番なのですが」

 「言い直さなくていいから」

 「どうです?光と、それに当てられた風景は。なかなかいいでしょう?」

 僕は腕を上げ、背中を伸ばしていた。

 「うん、色々と思考が浮かんだりもするけど、なんだか、さわやかだ」

 「朝というのは、生まれたての世界ですからね」

 僕とメラン大佐は並んで外を眺めた。

 「目はまぶしくてちょっと痛いけど、なんか、優雅な朝、って感じがするかも」

 「いい状態ですね」

 メラン大佐は満足そうに、大きくうなずいた。

「ご覧なさい。太陽の光が直接降り注いできましたよ。まるで、日光をその目に映したユッキーを祝福するかのようじゃないですか。この銀河は必然で動いています。偶然はありません。今この時間にユッキーが日光を眺めているのも、今この瞬間に陽光が直接このアパートの中に差し込んできたことも、全て何かの意味があってのことです」

 「綺麗にまとめようとしてるけど、風穴の空いた屋根から光が差してるのは、UFO着陸失敗のせいだからね」

 「屋根が無いのも、銀河の意志なのです」

 「違うわ!ってか大家さんに何て言えばいいんだよ!?」

 「それは大丈夫です。すでに星雲局から提供されているUFOの偏光フィルター装置を作動させていて、地球人が外から見てもいつも通りの外観が完全に再現されています」

 「なんなんだよ、その無駄な宇宙の技術は!ってか、そのテクノロジーでさっさと直せよ!」

 「実際の修理は、そうですね、突貫でやっても半月ほどかかるという計算式が出ています」

 「やたら現実的な施工期間!」

 「これを私一人でやるとなると、それぐらいは見てもらわないと困ります」

  「隠ぺいしようとしてる!星雲局の力を借りずに修復を済ませて全てをなかったことにしようとしてる!だったら、さっさとホームセンター行って材料買って来て!」

 「買い出しを終えて戻ってきて修理に入っても『あれ?そーいやボルト忘れたw』となり、二回ほど往復した挙げ句、結局は来週の土日まで延長となり、果ては長期連休まで施工はお預けになる可能性は限りなく高いですけど、よろしいのですか?」

 「いい訳がうまいお父さんみたいなのやめろ!」

 こうして僕の優雅な朝の時間は、不毛なやり取りで塗り潰されていった。







【 うつになったら、日光を浴びるしかない】









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