#10うつになったら、    するしかない 後編

 「そうです。ここは若かりし頃のお父様の職場です」

 記憶の中の父さんと重なる。
 髭が生えていないのもあって、かなり若く見える。
 やっぱり、今の僕と同じくらいの年齢だ。
 父さんの後ろには恰幅のいい男と痩せた茶髪の男の二人がいて、険しい顔をしていた。

 「山田!こんなの使いモンになんねーぞ!」

 恰幅のいい男が、箱に入った部品を持って言った。

 「班長、先ほど確認したのがこれです。異常かと思ったので報告しました。班長の許可があったので、作業を開始しました」

 父さんは毅然とした態度で言った。
 班長と呼ばれた男はたじろぐ。

 「おまえ、それは、あれだよ、ちょっと、意味が通じてなかったんだよ!そうだよ!説明が分かりづらかったんだよ!違う部分の話かと思ったんだよ!勘違いするような言い回しをするんじゃねーよ!」

 「いやさっきの山田さんの説明、完璧でしたけど」

 痩せた茶髪の男が口を挟む。
 にらみを効かせた目つきで見られ、班長はさらにたじろぐ。

 「申し訳ないです。口頭ではなく、部品の現物の確認と、実際にここに来ていただいて確認をしてもらうべきでした」

 父さんはそう言って頭を下げた。
 茶髪が驚いている。
 班長は安心した顔をした。

 「そうだよ!ちゃんと現場に呼べって!」

 「次に異常があった場合は、班長に現場と現物を確認していただく、ということを改善策として提案してもよろしいでしょうか?」

 父さんは淡々と言う。
 班長は何度もうなずいた。

 「お、お、おう。そうしてくれ。課長にはおまえがやったって言っとけよ!」

 「分かりました。よろしくお願いします」

 班長は決まりが悪そうに去って行く。
 父さんは部品の入った箱を台車に積み始めた。

 「なんであんなヤツのことかばうんですか。最悪ですよ、あいつ。オレも何回も責任なすりつけられそうになってますからね。その度にビビらせてやってますけど」

 そう言って茶髪は片頬を上げて笑った。
 父さんは鼻から息を漏らす。

 「あのな、いつまでもやんちゃ時代のやり方をしてたらダメだ。ここにいるってことは、おまえも社会人ってことだろ?」

 茶髪は黙る。
 父さんは箱を積み続ける。

 「もちろんなんでもかんでもルールに従う必要はない。ただ、会社としての功績を一番に考えれば、大した問題じゃないところで揉めたって仕方ないだろ。たぶん、この部品は使える。課長に確認してみるから。おまえも見極めを大切にしろ」

 「なんか、山田さんって、一見は大人しそうなのにしっかりしてますね」

 茶髪が口を尖らせる。
 父さんは声を出して笑った。

 「褒めてくれてありがとよ。ほら、おまえも積め、積め!」

 僕はあ然としてしまう。
 父さんがこんなにしゃべっている所を見たことがなかった。
 

 「山田さん!」

 声をかけられ、僕は思わず振り返る。
 ワイシャツを着た中年の男性が手を振っていた。
 とまどう僕の身体を、父さんがすり抜ける。
 呼ばれたのは、もちろん父さんだった。

 「すぐ事務所来て!」

 父さんは茶髪と目を合わせる。

 「ちょっと、これ積んどいてくれ」

 父さんは軍手を外し、走って行った。

 「追いましょう」

 メラン大佐がスマホを操作する。
 工場の外にある、横長のプレハブ小屋に移動した。
 父さんは帽子を取り、イスに座る初老の男性の前に立っていた。

 「課長、班長から話があると思いますが、小傷のついた部品がありまして、使えるとは思うのですが10箱分、500個ほど流してしまいました」

 「あーあー、どうせあいつが確認もしないでOK出したんだろ。いつものことだ。おまえが大丈夫だと思うなら構わん。そんなことより」

 机の上の電話があごで差される。

 「奥さんから電話が入ってるぞ。焦ってる感じだ。早く出てやれ」




          *




 景色がスクロールして、大きな病院が現れる。
 僕らは病室の中に入る。
 ベッドには子供の僕が寝息を立てている。
 母さんはイスに座って、僕の手を握っていた。
 廊下から、走っている足音が近づいてくる。
 扉がすごい勢いで開いた。
 父さんだった。
 ベッドに駆け寄り、僕の顔を見る。

 「大丈夫なのか!?」

 父さんは作業着のままだった。
 僕の頬に触れながら叫んでいた。
 母さんはうなずく。

 「気を失ってるだけだって。脳波にも異常はないから、その内に目を覚ますって」

 「なんで目を離したんだ!!」

 怒号が病室に響く。
 母さんの目から涙がこぼれる。

 「…ごめんなさい」

 「子供だけで外にほっておくなんて正気か!?」

 父さんは母さんに詰め寄る。
 母さんの顔が、音を立てるようにくしゃくしゃになった。

 「ごめんなさい…。何度もそうちゃんと広場に行ってたから大丈夫だと思って…」

 「そうちゃんだってまだ子供なんだぞ!」

 父さんは母さんの肩をつかんだ。
 母さんの嗚咽が響く。

 「忙しくって、そうちゃんがちょっとでも見てくれてると本当に助かって…」

 母さんは声を上げて泣いた。
 そこで、父さんがはっとした顔をした。
 ベッドの僕の顔を見ている。
 むにゃむにゃと、口を動かしていた。
 ただ眠っているだけのような寝顔だ。
 父さんは泣きじゃくる母さんを見た。

 「すまん」

 「ごめんなさい」

 「いや、オレもわるい。おまえも疲れてたよな」

 「ごめんなさい」

 父さんは母さんを抱き寄せた。
 僕は、二人の姿を見ていられなくなった。
 肩に置かれたメラン大佐の手が温かかった。




 その後もメラン大佐は色んなシーンを見せてくれた。
 小学生の頃に、父さんがキャッチボールに誘ってくれていた。
 僕はマンガを読んでいて、明らかに気乗りしない顔で外に出て行った。
 めちゃくちゃ嫌々にキャッチボールをしていた。

 学校はどうだ。

 友達に優しくしてるか。

 父さんは色んな話をしてくれている。
 僕は適当な返事しかしていない。

 他にも夏休みに登山に行こうと言われたり、川でキャンプをやろうと言われたりしていたが、僕はことごとく断っていて、出かけるのはロボットマンガのイベントだったり、映画や遊園地だったりしていた。

 図工で書いた僕の絵が、県の展覧会に出展された時のことも見た。
 父さんは不慣れなスーツを着ていて、家族で小洒落たレストランで食事をした。
 自分とは趣味嗜好の違う僕のことを、父さんは喜んでくれてたのがよく分かった。

 僕が思春期に差し掛かる頃には、父さんは家でしゃべることはほとんどなくなり、家族で出かけることも少なくなった。



















 「やっぱり家が一番ですね。古めかしくて、狭っ苦しくて、壁と棚は崩壊していて、この帰ってきた感がたまりませんね」

 「壁と棚は誰のせいだよ!早く修理してくれよ!」

 僕とメラン大佐はアパートに戻ってきていた。
 もう夜になっていた。
 僕はクタクタで、早々に布団に潜り込んだ。
 メラン大佐も、いつか使う予定だったとっておきのブランド物のタオルケットをかけている。
 照明が消える。
 静かだった。
 うっすらと、虫の音が聞こえてくる。

 「あのさ」

 「なんでしょう?」

 僕は、自分の声が、胸の奥の奥から出ているのを感じた。

 「ありがとう」

 真っ暗だったけど、メラン大佐が微笑んだように思えた。

 

 「ユッキーをうつー人として覚醒させるのが私の役目です。そのためにはいかなる労力も惜しみません」

 身体が、緊張が、ほぐれているのを感じた。
 この身体は、両親が与えてくれたものだ。
 心はどうだろう?
 心は、自分が作ってきている。
 それを確信した。
 色んなことが起こるけど、全部、僕なんだ。
 




























 『親に感謝するしかないね』





























 それを意識として浮かべたのか、自分が声にしたのか、分からなかった。
 僕はメラン大佐の方を見た。

 

 「今のは、ユッキーが発したものですよ」

 じんわりと、胸が熱くなった。
 僕はいつの間にか眠っていて、金色に輝く夢を見ていた。
 身体が浮いていて、心地よかった。
 何故か前に来たことがある場所だってことだけは分かった。
 あれは何処の記憶だったのだろう。







 【うつになったら、親に感謝するしかない】









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