※前回のあらすじ
一日中、スラムダンクを読みふけっていたくせに威張っていたメラン大佐は、自分が具現化したイリエワニのイリエくんに触覚を食べられてしまった。
メラン大佐は、コリ・コリックは一体どうなる!?
「いやー昨日は取り乱してすいませんでした。おかげさまでほら、触覚も再生してきました」
「あらすじから二行目で問題解決すんのね」
額には短い触覚が生えてきていた。
メラン大佐は包帯を頭にまいていく。
「だからワニをなめるなって言ったんだよ」
「ごもっともです。うつー人の触覚は何度でも再生するのですが、突然の出来事に動揺してしまいました」
「まぁ大丈夫ならよかったけど」
触覚が完全になるまでコリ・コリックもしばらくはできなさそうだ。
最近は毎日がめまぐるしく、たまにはゆっくりしたいと思っていたところだった。
何も起きず、気づきや学びがない一日があってもいいだろう。
「しかしユッキー、今日のお昼ご飯は豪勢ですね。素晴らしい」
メラン大佐の状態が不安だった僕は、色々とお総菜を買ってきていた。
「まぁ、たまには贅沢もいいでしょ」
「いえ、ユッキーの食欲が沸いてきてることが素晴らしいのです。チョイスが増えてきたということは、意欲が戻ってきている証です。ガッツリと食べて、触覚の再生をさらに促進しましょう」
「結局自分の栄養の話なのね」
僕は総菜と一緒に買ってきた冷えたソーダをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。
「これこれ、ユッキー。そんなに甘くて冷たい物を流し込んで。とくに暑い訳ではないでしょう?」
「好きなんだよ、ソーダ。いいから、早く食おう」
「むぅぅ。オススメできることではないですよ」
メラン大佐は箸を持ち、白米に手をつける。
いつもならコリ・コリックされる流れだが、やはり触覚が完全でなければできないらしい。
「もぐもぐ、うぅむ、やはりあそこのドラッグストアの一番安い無洗米は格別ですね」
「黙って食えないかな」
「これはなんですか?」
「それはカボチャの天ぷら」
「う~ん、ホクホクしてて美味しいですねムシャムシャ」
メラン大佐はほおばる。
「これはなんです?」
「それは長芋の酢の物かな」
「むむぅ、シャキシャキしてて美味しいですねモグモグ」
メラン大佐はかっこむ。
「これは?」
「それは砂肝の醤油炒め」
「ほほぅ、これは歯ごたえが良く美味しいですね!」
「うまいよね、砂肝」
「この食感が素晴らしい!なんともコリコリしててコリ・コリッックゥゥゥ!!!!」
「もう、なんでもありなのね!?」
なんか、普通に光が放たれている。
いつもと変わらないコリ・コリックだった。はぁ。
『お湯を飲みなさい』
「結局こーなるのかよ」
「さぁユッキー、お湯を飲みなさい!白湯(さゆ)を飲みなさい!白湯(パイタン)を飲みなさい!」
「パイタンはもう違うものだから。中華ダシだから」
「お湯を飲んで、身体の内側から体温を上げるのです。そうすることで様々な身体機能が向上します。暑い時は感じにくいことですが、寒くなってきた時のことも考慮して、日常的にお湯を飲むクセをつけておくと一年中その効果を感じることができますよ」
メラン大佐はガスコンロの火をつけた。
確かにこの数年、冬の時期の体調不良が多かった。
秋口から腰が痛くなったり、真冬は寒くて寝れないこともたまにあった。
腰痛は二足歩行の宿命だとか、寒いのは気候の変化だから当たり前だとか思っていて、まるで解決しようとも思っていなかった。
「腰痛とか寒がりとかって、自分の身体が弱いだけと思ってたけど」
「体型や体質で諸症状の出方は変わりますが、できる限りの工夫はすべきです。さぁ、白湯を飲むのです」
メラン大佐が台所で手招きしている。
コンロには寸胴の鍋がかけられていて、ネギや鶏ガラの足が覗いていた。
「パイタンの方かよ!ってか、この一瞬でよく作ったな!ダシ、ちゃんと出てんの!?」
「ただ、これを作るのは手間なのでお湯を推奨します。お湯を飲んでください。シェフの如くダシの具合を吟味されるのはプレッシャーです」
「勝手に作っといてなにその言いぐさ」
僕はお湯の入ったカップに口をつける。
熱さが伝わってきた。
息で冷ましながら飲んでいく。
のどを通って胃の中に流れていくのがよく分かる。
すぐに、お腹の内側があたたかくなってきた。
冷たい飲み物が身体に入るのも爽快だったけど、お湯が身体に入ってくるのは新鮮だった。
じわりと汗がにじんでくる。
不思議と身体の緊張が抜けてくる。
「いい飲みっぷりです」
「なんか、リラックスしてきた気もするんだけど」
「まさにですよ。白湯にはリラックス効果もあるのです」
「そうなの?できすぎじゃない?」
「水を煮沸した白湯は、不純物が限りなく少ない状態です。そんなクリアな物が、身体を本来ある健やかな状態に戻してくれることは必然と言えるでしょう」
「へぇー。まぁ自然と同じだね。水のきれいな所は景色もきれいだもんな」
「その通りです。世界も同様です。身近な例で言えば海ですね。今言った『水』で構成された地球の面積の70%をも占める、重要なエリアです。この場合、クリアな思考や行動が人類の中に浸透すれば、それに伴って海は間違いなく本来の美しさを取り戻します」
メラン大佐はいつの間にかスマホを持っていた。
空中にソフトボールくらいの大きさの地球の映像が浮かぶ。
青く輝いたり、灰色に染まったりをくり返していた。
「どんな世界にするかは、ユッキー。あなた方次第なのです」
小さな地球が、たくさんの青と緑で包まれていく。
綺麗だった。
「人間の身体は地球の模倣です。地球は宇宙の模倣です。自分の身体のことを考える小さな行動が、地球を、世界を構築している要素だと信じることです。一つ一つを大切にしていく原動力になりますからね」
すごいスピードで地球の映像が大きくなる。
自分が宇宙から飛び込んでいるような感覚だった。
目の前いっぱいに青さが広がり、雲を抜けていく。
見えてきた陸地は日本列島だった。
吸い込まれるように加速していき、あっという間にこの辺りの地形だと分かる所までの高度になった。
ついにはこのアパートの屋根を突き抜け、部屋の映像が膨張して実際の景色と重なる。
目の前にメラン大佐が座っていた。
「地球は、銀河でも例を見ない美しい惑星です」
僕は言葉が出なかった。
「水を慈しんでください。まだ間に合います。人類にできることは、今この瞬間もそこら中に溢れているのですから」
メラン大佐の言う通りだ。
もっとたくさんの、でも身近な、一人一人ができることがある。
「ホント、その通りだ。色んなことを考えていかなきゃな」
「素晴らしい。手始めに、プラスチックゴミの分別、リサイクルを徹底していきましょう。最終的にはプラゴミがゼロの状態を目指すべきですが、小さなことからです。さぁ、ユッキー。このお総菜が入っていたプラ容器も、全部しっかりと洗っておまとめなさいな」
メラン大佐が指したテーブルを見る。
「ちょっと待て」
「さぁさぁ善は急げです。即刻プラを洗うのです。システム的にこなすのです。マシーンになるのです。そう、ユッキーは洗い物マシーンになるのです!」
「いや待て」
「さぁ、洗い物マッスィーン・YUKIO!!地球の環境を救うために一心不乱に洗い続けなさい!」
テーブルの上には、完膚なきまできれいさっぱり総菜をたいらげられた痕跡が広がっていた。
「なんでお総菜、全部食べちゃってんのぉぉぉ!!!!」
「食べ終わった後は考えちゃダメです!食休みとか入れるとダラダラしてしまいますから、もうさっさと洗いなさい!洗うのです!私は、あの、あっちで、休みます。少し気持ち悪くなってきました」
「あの量を一人で食えば気持ち悪くもなるわ!」
僕が首根っこをつかまえると、メラン大佐は必死で抵抗した。
「ちょっと!ちょっとユッキー!らしくないほどの積極性です!こんなところで男気を見せないで、過去にフラれた女性達の前で見せれば良かったのに!」
「やかましい!」
腕でメラン大佐の首を完全にロックした。
「すいません調子に乗りました!ユッキー!落ち着いてください!これを見てください!」
首をしめられたまま、メラン大佐は頭の包帯を取り始める。
「ご飯をたくさん食べたおかげさまで、触覚が完全に再生しました。包帯の下の感覚で分かります。元通りになってるはずです。これでいつも通りの状態に戻りました。必要な栄養素だったんです。ご勘弁ください」
ケガの話をされて少し冷静になった僕は、メラン大佐を解放した。
メラン大佐は素早く、警戒するように距離を取る。
包帯が全て取られて触覚があらわになった。
「ね、復活したでしょう。あれ?」
メラン大佐が自分で触覚をつかむ。
「私の触覚、こんな立派でしたっけ?」
触覚は元通りを越えて、長さも太さも以前の倍ほどにでかくなっていた。
「明らかに栄養過多ぁぁぁ!!!!」
僕はメラン大佐に飛びかかった。
「うわぁぁぁ!!ユッキーやめてください!!触覚がまた取れてしまいますよぉぉぉ!?!?」
こうしてお湯によってあたたまった僕のお腹は、さらなるヒートアップを見せ体温も少し上昇することとなった。

【うつになったら、お湯を飲むしかない】