#03うつになったら、散歩をするしかない

 起きてからしばらく時間が経つと、多少は頭痛が治まってきた。
 外の景色を見て焦りの気持ちは浮かんだけど、気分は悪くない。
 ただ、いかんせん身体が重い。
 この半月は基本的に寝ていて、やむを得ずトイレやご飯を食べる時に立ち上がる程度の動きしかしていなかった。

 

 「さて、せっかくの優雅な朝ですから、外に出て日光を浴びてみませんか?」

 メラン大佐が手のひらを玄関に向けている。
 僕は布団に寝転がった。

 「午前中はあまり動きたくない」

 「じゃぁコリ・コリックしましょう」

 「すっごい雑な展開」

 「時間は有限ですからね。ユッキーのためを思ってです」

 

 「いいって。大体、あんただってその姿で外に出れないだろ?」

 「私は偏光フィルター装置で透明にもなれるので大丈夫です。ご安心なさい」

 「都合のいい機能だなぁ。いやホントにやめて。前回もココリコとかくだらないの挟んでたし、すでにワンパターンになる予感がしてる。惰性になりそうな気がする。今後、ネタ切れして苦しむと思う」

 「ふむふむ、地球にはまだまだ色んな生物がいますね」

 メラン大佐はスマホをいじっている。

 「これなんかいいですね。淡水域で最強の生物とされるイリエワニ。体長は最大7m、その噛む力は百獣の王ライオンの450kgを軽く上回る1.7トンで」

 「是非とも!コリックをお願いします!」

 「よろしい。選挙の人みたいですね」

 「うるせー!早くしろ!」

 「おほっ、そんなに急かさないでください」

 「絶対に近いうちに頭かち割ってやるからな」

 「それでは、特別に両手でするコリ・コリック、つまりダブル・コリックをしましょう」

 「ダブルクリックみたいに言うな」

 「コリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリ」

 「これ、もうすでに飽きられてそうだなぁ」

 「ふぉぉぉ!!両手にみなぎるツーバイツーで何ともコリコリっとコリ・コリックゥゥゥ!!!!

 「なんか下ネタっぽくなってない!?」

 部屋が光に包まれる。
まぶしさに当てられる中、あの現象が起こる。





























 『散歩しなはれ』





























 光が消える。
 目が慣れてくる。
 メラン大佐が満足そうにうなずいていた。
 相変わらず妙な感覚だ。
 頭に直接入りこんでくるような、言葉とも文字とも意識ともつかない…、関西弁?
 今、関西弁だった?
 人格あるの?
 あの意識の集合体みたいなヤツに?
 

 「もちろん今は休養も大切やで?せやけど、休養の質を高めるには適度な運動もまた、大切なことなんや」

 「あの声、絶対あんただろ」

 「ちゃうねん。わしかて『うつーはん』の意志に影響受けてるだけやねん。もうこれ、しゃーないことやねん」

 「これ関西の人に怒られるパターンだな」

 「それではユッキー、外に、散歩にでかけましょう。コンビニまで行きましょう。五分歩くだけでもOKです。その首回りがダルダルのスウェットと、ヒザがテッカテカになった高校の時の体操着ジャージのままでも問題ありません。すぐに行きましょう」

 「俄然、着替える気になった」

 僕は比較的きれいなスウェットとジャージを着て、玄関でサンダルを履いた。
 ところが、ドアノブに手をかけたところで足が止まってしまった。

 「どうしました?」

 「なんか、すれ違う人に変な目で見られないかな?平日の、出勤のタイミングでもない時間帯に歩いてたら」

 気づくと鼓動が早くなっていた。
 風貌も、表情も、今の自分はおよそ健康でまともな社会人には見えないだろう。
 近所の人にあったらどんな顔をしていいか分からない。

 「ユッキー。平日に代休や、風邪で休んだことはありますか?」

 メラン大佐は落ち着いたトーンで言った。
 思い当たる節があり、僕は答えた。

 「あぁ。あるよ」

 「その平日の休みに、買い物に行く時や、病院に行く時、周りの人がどんな風に自分を見るか、気にしていましたか?」

 記憶を探る。

  「…気にしてない。風邪の時は周りを気にする余裕もなかったし、代休はむしろ平日休みを楽しんでた」

 「そうでしょうね。その時のユッキーと、今日のユッキー。周りの人々から見て、状況的にそんなに差があると思いますか?」

 少し複雑だったけど、素直な気持ちが浮かんでくる。

 「う~ん、浮かない顔をしてるとは思われる気がするけど、別に変わらないかも」

 「さっき会社に向かってた中年男性の方がよっぽど不機嫌そうな、浮かない顔をしてましたよ」

 「まぁ、色々あるんだろうけどさ」

 僕は少し笑ってしまった。

 「周囲の目が気になるのは仕方ないことですが、外に出て、他人はそこまで自分のことを気にしていないということを実感できると、意欲が戻ってきますよ」

 「そうかな」

 「大丈夫です。スウェットとジャージを着た華のないアラサー男に一目惚れする女性が千載一遇の確率でいて素敵なストーリーが展開するような愚かな想像をしているかもしれませんが、現時点でそれは、十回連続で宝くじに当たるくらいにありえないという計算式が出ています。ユッキーは風景で背景で景色です。ただのモブキャラです。安心して、心の水面が鏡のように波紋一つないイメージを持って行きましょう」

 「その言葉で心の水面がザワつきまくってる」

 僕は少しへこみつつも外に出た。
 日射しが痛いほどにまぶしい。
 直接浴びる日光は、当たり前だが温かかった。
 風がそよぐ。
 坂道を下っていく。
 足元がふらついた。
 筋力が落ちているのが自分でよく分かる。
 近所の、大きな農家の前を通っていく。
 この辺りの地主だと聞いたことがある。
 広い庭は道から丸見えだった。
 奥に見えた影に少し驚く。
 ニワトリだった。
 後ろに、ひよこ達が列を作ってヨチヨチとついてきている。

 「まるで、さきほどのユッキーのようですね」

 メラン大佐も、ひよこを見ている。

 「あんなフラついてないだろ」

 そう言いながらも、僕はひよこの姿を愛らしく思った。
 ニワトリが止まる。
 ひよこ達も止まる。
 ニワトリが地面にくちばしを近づけた。
 細い茎のような葉っぱをくわえている。
 ひよこ達はニワトリのくちばしから垂れる葉っぱに注目している。
 ニワトリが葉っぱを離した。
 落ちた葉っぱを、ひよこがついばむ。
 なかなかうまくいかないが、数回くり返すとくわえることができた。
 他のひよこ達も次々とチャレンジしていき、一匹ずつ葉っぱをくわえることを成功させていく。

 「うわ」

 僕は思わず声を出した。
 感動してしまったのだ。
 自然の中で、動物達もあんな風に親からものを教わったりするのだ。
 手本を見て、マネしようとし、失敗しながらも成功するまで努力する。
 なんだか、すごく美しい光景だった。
 動物には本能しかないと言われてるけど、こんなのを見せられたら愛情を持って生きる術を教えているようにしか思えない。

 「ユッキー、この鳥を見ていたら」

 メラン大佐が僕の肩に手を置いた。

 「あぁ」

 僕は前を見たまま、言葉が出なかった。
 ニワトリとひよこ達が、再び歩き出す姿から目を離せない。

 「私、ケンタッキーが食べたくなってきました」

 「ホントにもう黙ってくれ」

 「ちょっと先にありましたよね?ケンタッキー。なんか、クリスマスに食べて『もうしばらくいいかなー』とか思うんですけど、やっぱたまに求めますよね、身体が。でも、クリスマス以外の時に食べると『あ、意外とこんなもんだったっけ?ケンタッキー』って思いますよね」

 「うるせぇ!この素晴らしい光景を『鶏肉』として認識するな!あ!待って、ひよこちゃん達!凄まじい勢いで鶏小屋に帰らないで!」

 「さぁさぁコンビニは通りすぎましょう。食べた後の骨とバケツはゴミに出すの大変ですけど、あの量を食べると達成感ありますよね」

 「しかもパーティーバーレル前提!」

 「ちょっと待ってください。コリ・コリックはけっこう体力を消耗するんですよ!その恩恵を受けてるユッキーが私にパーティーバレル(12ピース:¥2940)を提供するなんて当たり前じゃないですか!」

 「細かい価格表示とかいらんわ!だいたいあれ、クリスマス限定だから!この時期、買えないから!ざまぁ!ざまぁ!地球のことなんも知らないのな!」

 「ユッキー、あなたこそ無知もいいとこ無っ知・無知です。バーレルは、オリジナルチキン10ピース以上からの注文であれば時期は関係なく用意してくれるのです。ただ、店舗によっては特定の期間しかバーレルが置いてない場合がありますので事前に確認しておくといいでしょう」

 「ケンタッキー博士!?うるせーわ!おまえはウチの冷凍庫にある業務用お得パックのチキンボーンでも食ってろ!」

 「あんな宅飲みの時につまみとして買ったまま化石となった、忘れられた遺産なんかで満足する私じゃないことは知ってるでしょう!」

 「知るか!あぁ!大人のニワトリたちがこっちめがけて徒党を組んでやってくるぅぅぅ!!!!」

「ユッキー、そんなに焦ることはありません。所詮、鳥類です。徒党を組まれようとうつー人である私を脅かすことなどあぁ!?ホバリングして空中で触覚ついばむのやめて!!なんで透明な私が分かるのです!?嗅覚!?鳥類ナメてたぁぁぁ!!!!」

 こうして僕の散歩は、必要以上のカロリーとコストを消費することになった。







【 うつになったら、散歩するしかない】









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