#04うつになったら、深呼吸をするしかない

 眠れない。
 頭痛がやわらぐことが増えたり、外に出て気分が上向いたりすることがあっても、これがうまくいかないと全て台無しだ。
 寝付きが悪く、やっと寝れたと思ったらすぐに目が覚める。
 寝なきゃいけないと思うほどに焦りから寝れなくなる。

 「どうしました?」

 暗闇の中でメラン大佐が声をかけてくる。

 「寝れない。ってか、眠りが浅い」

 「なるほど、ということはコリ」

 「いいって、もー。あんなまぶしい光を浴びたらホントに眠れなくなるよ」

 「ふむ。睡眠不足はつらいですよね。早く眠れるといいのですが」

 メラン大佐が布団をかぶったのが分かる。
 僕のいらだちが伝わったのか、素直に引き下がった。
 誰かと会話をするのも面倒だったので助かった。

 気づくと膀胱がパンパンになっていた。
 そこまで水なんか飲んでないのに、なんで夜中はこんなトイレばかり行きたくなるんだろう。 
 薄暗い中を壁を触りながら歩く。

 トイレのスイッチ、トイレのスイッチ。

 いつもの位置に手を伸ばす。突起に手が当たる。

 あった、あった。ポチッとな。

 プニ

 ん?

 妙な感触が伝わってくる。
 僕はもう一度、スイッチを押した。

 プニ

 ん?

 二回、押す。

 プニプニ

 んん??

 僕はスイッチを連打した。

 プニプニプニプニプニプニプニプニプニプニプニプニプニプニプニ

 「人から触覚を連打されるのって、何だかコリ・コリックゥゥゥ!!!!

 「うわぁぁぁ!?!? あんたかぁぁぁ!!!!スイッチに擬態するなぁぁぁ!!!!!」

 光に包まれる。
 部屋の角で手足を突っ張らせ、壁に貼り付いてるメラン大佐の姿が浮かび上がった。
 燃えるような怒りを覚える。





























 『腹式呼吸をするっきゃナイト☆』





























 光が消える。
 白く飛んでいた夜の暗さが戻り、目が慣れてくる。

 「もうツッコまないことに決めた」

 「さぁユッキー、呼吸を深く取るのです。そんなにカリカリしていては眠れるものも眠れませんよ?」

 「誰のせいだと思ってんの!?」

 「ちなみにこのナイトは『夜』だけでなく、不眠を討伐する勇姿を称えた『騎士』にもかけられています」

 「解説とかいらないから」

 「まぁまぁ、これでどうです?」

 メラン大佐がスマホを足元に置いた。
 暗闇にバックライトが浮かぶ。
 一瞬、目がくらんだ。
 視線を戻すと、驚くべき光景が現れた。
 メラン大佐が草木の多い茂る森に立っている。
 そして僕も、その森の中にいた。

 「なんだよこれ!?ワープ!?」

 「はっはっは、ワープではありませんよユッキー。これはこの端末から流されている映像です。なかなか、リアルでしょう?」

 「リアルすぎだよ」

 僕は枝から伸びる葉っぱを見つめる。

 「完全な立体映像になってますからね。さぁ五感を研ぎ澄ませてください」

 鼻から息を吸い込む。
 また驚いた。
 はっきりと森の、木々の香りがしたのだ。

 「すごい」

 「そのまま目を閉じてください。そしてゆっくりと、口から深く息を吐いてください」

 僕は森の荘厳な雰囲気にも押され、メラン大佐の言う通りにした。
 目を閉じる。
 息を吐く。
 肺から空気が押し出されていく。
 吐き切ると、自然に鼻から空気が取り込まれる。
 今度は肺に空気が満たされたのを感じ、また口から息を吐いていく。 それを何度もくり返した。
 深呼吸を重ねるたび、身体が、心が落ち着いていくのをはっきりと感じた。
 気づくと、頭の周りが軽くなっていた。
 無意識にそうとう力んでいたようだ。

 「いいですね。表情もリラックスしてきていますよ」

 メラン大佐の声に意識を呼び覚まされる。

 「うわ」

 目の前に、無数の星々が広がっていた。
 天井も床も消えている。
 見上げても、足元にも、無限に広がる空間に星が瞬いていた。
 そこは紛れもなく、宇宙だった。

 「これも?映像?」

 「そうです。銀河の一部を完全に再現しています」

 僕は改めてメラン大佐の、宇宙のテクノロジーの高さを思い知った。

 「こんな技術も、もうすぐに地球でも実現します。銀河星雲局は発展途上惑星へ向けて、定期的にテクノロジー情報を送信しているのです。まだまだ無意識にではありますが、一部の地球人がその情報を拾っていることに心当たりはありませんか?」

 頭の中に、革新的な技術で世界を変えて来た偉人の顔が浮かんだ。

 「人類が『インスピレーション』や、『セレンディピティー』と呼ぶものは、その情報をキャッチした瞬間のことを言っているのです」

 その言葉に僕は疑問を持つ。

 「人類は、宇宙の模倣をしてるだけってこと?」

 「そうではありません。星雲局は『この技術を使用しなさい』という情報を発信してる訳ではないのです。発信しているのは、いわば『種』です。それを受け取って、どんな水をやり花を咲かせるのかは、各惑星ごとに差が生まれます。同じ情報を送って、地球では環境保護に使用される技術に変わった一方、他の惑星では破滅におちいるための原因になってしまった事例もあります」

「地球も、一歩間違えればってとこなのか。かなり順調に破滅へ向かってる気もするけど」

 「もちろん地球でも様々なことが起きています。良いことも、悪いことも、多種多様です。ただ、地球を救おうとする動きが活発になっていることも事実です。その動きを加速するための大切な要素を担うのが」

 メラン大佐の指が僕に向けられる。

 「あなた方、地球生まれの『うつー人』なのです」

 鼓動が跳ねたのを感じる。

 「そんなこと言われても、ちょっと実感わかないんだけど」

 「もちろん、必要以上に気負うことはありません。焦ることもありません。自覚が芽生える瞬間は、必ず訪れます。大小も関係なく、『うつー人』は地球に何かしらの光をもたらす存在だということ。今はそれを心に留めておいてください」

 メラン大佐が腕を動かすと、空中に光の文字が現れた。

 「電気やワクチンの発明、地動説や引力の発見、ほんの一例ですが人類の功績はありとあらゆる要素が重なり合って、積み上げられてきました」

文字は年表になっていて、メラン大佐の手に連動してスクロールしていく。

 「近年で言えばパソコン、インターネットなどですね。特に、iPhoneは分かりやすい例でしょう」

 光の線に縁取られたシルエットが浮かび上がる。

 

 「いつも同じ服装で人前に現れる姿は、削ぎ落としの美学の体現者として誰から見てもカリスマとして映ったことでしょう」

 メラン大佐は続ける。

 

 「幾度もの失敗をくり返したにも関わらず、不屈の精神で挑戦し続け、ついには大成功を収めたそのメンタリティは、多くの経営者をはじめ若者にも多大なる影響を与えましたね」

 「いや」

 「世界にイノベーションを起こした勇姿は亡くなった後も色褪せることなく、いやむしろ時が経つにつれ色濃く人々の記憶に焼きつき続けています」

 「あのさ」

 「特徴的なメガネ、たくわえられたヒゲ、白髪のオールバックもトレードマークですね。何より恰幅のいい体にいつでも白いスーツをまとっての威風堂々とした立ち振る舞い!」

 「いつの間にかカーネル・サンダース!!まだケンタッキー引っ張るの!?」

 「ちょっとこないだのオリジナルチキン4ピースパック(¥1290)では満足できなかった私がいます」

 「贅沢言うな!4ピース中、3ピース食ったくせに!」

 「あの時は言えませんでしたが、本当は4ピース全て食べたかったのです」

 「僕の優しさを返せ」

 「もっと言えば、嫌になるまで食べたかったのです。あの量じゃ生殺しです。常習化してしまうペースです」

 「もうホントうるせー!うんざりすぎてすっかり眠くなってきたわ!早く部屋に戻せ!布団の位置が分かんねーから!」

 「まぁまぁユッキー、そんなに怒らないでください。このリアル・プロジェクション・マッピングは他にも素晴らしいのがあるのですよ?例えば」

 メラン大佐がスマホをいじると広大な自然の風景が現れた。
 遠くには馬が走っているのが見える。
 日本では考えられない大規模な牧場のようだった。
 牧草が日の光を受けて鮮やかな輝きを放っている。
 僕は不覚にも、安らぎを覚える。

 「この豊かな大地が健全な精神と肉体を育むのです。エイブラハム・リンカーンやモハメド・アリなど、偉人の生地としても名高い場所です」

 「ここ、どこ?」

 「ケンタッキー州です」

 「明日パーティーバーレル買ってやる。約束する。だからもう寝かせて」

 こうして僕は興奮と怒りを超越してあきらめの穏やかさに到達し、なんか、それなりに、気づいたら寝れていた。







【うつになったら、深呼吸するしかない】









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