#06うつになったら、掃除をするしかない

 部屋が明るい。
 カーテンが開いたままで、窓から日が差している。
 目が覚めて、夜中じゃないことに少し混乱した。
 Tシャツが汗ばんでいる。
 洗濯機の方を見ると、脱ぎ捨てられた洋服が山積みになっていた。
 僕はやむを得ず、洗濯機を回すことにした。

 「おや感心ですね。朝から洗濯物をするとは」

 メラン大佐はナイトキャップをかぶっている。
 ボンボンのついたとがってる側が前に回り、そこに触覚が収まっている。
 変なケースみたいになっていた。

 「もう着る物なくなったから仕方なく」

 僕の反応とは関係なく、メラン大佐は嬉しそうだ。

 「この勢いで、どんどん活動していきましょう。うつー人的なリズムを作っていくのです!」

 「いや、そんなに動きたい訳じゃないから」

 僕はメラン大佐の横を通り抜け、布団に寝転がった。

 「いい流れなのですがねぇ。しかし、こんな古代遺産のような洗濯機がいまだに稼働してるとは驚きです。こんなにグルグル衣服を回してしまって、痛まないのでしょうか?おしゃれ着はネットに入れてますか?」

 「よけいなお世話だよ」

 「こんなグルグル、グルグルしちゃってまぁ。グルグルグルグル、グルグルグルグルグルグルうわぁぁぁ!!!!!!」

 叫び声に驚き、僕は飛び起きた。
 洗濯機の中で、肩までつかったメラン大佐がグルグル回っていた。

 「どーゆー状況!?」

 「助けて!ユッキー!助けて-!!」

 メラン大佐はグルグル回り続け、少しずつ沈んでいく。

 「きゃーユッキー!助けおぼっ、おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」

 「うぉぉ!やばいやばい!」

 渦を巻いた水面からメラン大佐の触覚だけが飛び出てグルグルと回っている。
 僕は夢中で駆け寄り、引き上げようとつかんだ。つかんでしまった。

 「だまされて触覚をつかみましたねぇぇぇコリ・コリックゥゥゥ!!!!

 「良心につけこまれた!!救助に最適でつかみやすい形状だったよコレ!!」

 いつもの光が、朝の日差しをかき消す。





























 『掃除しろボケ』





























 光が消える。

 「なんか、言い回しがひどくなかった?」

 「うつーには、ただ『在る』という概念しかないのです。どうとらえるかは受け取る側の自由です。決して、最近うつーに対する愛のあるツッコミが足りてないとか、そーゆー個人的な理由ではありません」

 「絶対それでしょ」

 「さぁユッキー、掃除をしましょう。洗濯を遂行したユッキーには、無意識に身のまわりを清潔にしようという意欲が沸いています。この流れに身を任せましょう」

 メラン大佐が掃除機を差し出してくる。
 僕は軽く舌打ちをした。

 「やるか」

 「そうこなくては!ささ、早くこの小汚い掃除機をお持ちなさい」

 「一言多いんだよな」

 「まずはこの掃除機をきれいにするべきですが、勢いを大切にしましょう。スイッチ、ONNNNNNNNN!!!!!」

 「テンション高いなぁ」

 部屋の隅にはそれなりのほこりが溜まっていた。
 掃除機は楽々とほこりを吸いこんでいく。
 部屋が汚れていたことへの自己嫌悪が頭をよぎったが、それ以上に、部屋がきれいになっていくことへの爽快感が強かった。 
 床に散らばった物が邪魔で、掃除機が進まない。
 それらを適当にまとめて、テーブルに載せる。
 広くなった床へ、縦横無尽に掃除機をかけていく。
 足取りが軽くなっていた。
 窓を開ける。
 空気が変わったのがはっきり分かる。
 そのまま掃除機をかけていると、部屋の中を風が吹き抜けた。
まるで生き物が通りすぎたかのようだった。
 あらかた掃除機をかけ終えて、僕はスイッチを切った。
 部屋が静かになる。
 おごそかさすら感じるほどの、心地いい静けさだった。
 メラン大佐が何か言いたげな顔で笑っている。
 悔しかったが、僕は素直な感想を伝えた。

 「掃除するの、気持ちいいわ」

 「素晴らしい」

 メラン大佐はUFOを布きれで拭き始めた。

 「部屋は、住んでる人の心を表しています。部屋が散らかっている人は心にも隙間がなく追われるような思考になりがちですが、部屋が整理整頓されてすっきりしている人は、当たり前のように心にもスペースがあり、余裕を持った思考を持てるのです。おっと洗濯も終わったようですね」

 洗濯機が軽快なブザー音を鳴らしていた。
 中から服を引っ張り出しては洗濯ハンガーにかけ、ベランダに出て物干しにひっかける。
 日差しがまぶしい。
 部屋に戻ると、やっぱりすっきりとしていて気分がよかった。

 「明らかに空気が変わった。さわやかだ」

 「ユッキーが清潔な部屋ですごしたり、清潔な衣服を身にまとうことは、ユッキー自身を高めますよ。それが例え古着を超えてもはや過去の遺物と化した首元ダルッダルのベロンベローンのスウェットだとしてもです」

 「あのスウェット、そーとー嫌いみたいね」

 「ユッキーのうつー人的生活は、しっかりと回り始めています。自分の身の回りのことをこなすのは、本当に大切で、素晴らしいことなのですよ。それに、ユッキーが掃除をしたり、洗濯物を干す姿に、誰かがエネルギーをもらっていることだってありますからね」

 「はぁ?なにそれ」

 「掃除機をかけたり、洗濯物を干すユッキーを見て、『そうだ自分も洗濯しなきゃ』とか、『若い男性が一人で家事をするなんて偉いわねぇ』とか、そういった人がいたかもしれませんよ?どんなとらえ方をするかは人によって千差万別です」

 「なんだかなぁ。きれいごとな気がする」

 僕はそう言いながら、気持ちが晴れているのを感じていた。

 「全てはつながっています。それを、強く感じ、信じることです」

 「なんだか、掃除したことを誇らしく思えてきたわ」

 「そうですよ!誇りを持ってください!」

 僕は冗談半分で言ったつもりだったが、メラン大佐は驚くほどまじめに、嬉しそうな顔をしていた。

 「そうかな」

 「もちろんです!」

 僕はベランダでたなびいている首元ダルダルのスウェットを見る。
 急に、思い出した。

 「そー言えばさ、あのスウェットのプリント、実は僕がデザインしたやつなんだよね。高校の文化祭の時にクラスでオリジナルスウェットを作ったんだけど、僕の案が採用されてさ」

 深夜まで作業をして、デザインを完成させた当時の感動がよみがえる。

 「本当ですか!ユッキー!ずっと思っていたのですがあのプリント!」

 メラン大佐が微笑んでいる。
 僕も照れ笑いを浮かべてしまった。

 「超ダサいですね」

 「一体この人は僕をどうしたいんだろう」

 「いえユッキーと私の間柄ですからおべんちゃらはよくありません。このキャラクターのデザインは、私のセンスからすると激しくダサいです。絵はうまいですが、センスが皆無です。ちょっと手を加えてみましょう」

 メラン大佐がスマホをかざすと、スウェットのプリントがチラシの裏に転写された。

 「出た、宇宙の技術」

 「ユッキー、私の言うように書き直してみてください。偉大なる画家達だって、ありとあらゆるアドバイスを受け入れて自身の作品を完成させているでしょう?人の意見を取り入れてみるのは、とても重要なことです」

 メラン大佐の正論に、僕は言葉を返せなかった。
 冷蔵庫の上のペンを手に取る。

 「わかったよ。どうすんの?」

 「さすがユッキーです。その素直さは、うつー人にとって大切な要素ですよ。まずはもっと目を大きくしましょうか。そうすることでさらに愛らしくし、見ている者の心を映し出すかのような清らかさを表現しましょう」

 「こう?」

 「もっと大きくしましょう」

 「こんくらい?」

 「もっともっとです」

 「どう?ってか、もう顔の半分が目なんだけど」

 「いえ、グッドですよ。ただ、もっと黒目を濃くしましょう」

 「こんな感じ?」

 「もっと濃くです。黒さを広げ、心の深遠さを垣間見せたい所です」

 「これでどう?」

 「いやもっと黒くですってば」

 「なんなんだよ」

 「あ~全然まだまだです!ちょっと貸してください!」

 「結局、自分でやるのかよ!」

 「思い切りが足りないんですよ。こう!」

 「目が黒目で塗り潰されてるけど」

 「これくらい極端じゃないと。芸術は『振り切り』が生み出すのですよ。そして、鼻はこう。つんと天を仰ぎ、向上心を彷彿させる。口は小さく慎ましく、あごは繊細に研ぎ澄まされたコンパクトさを。額と頭は聡明さの詰め込まれていることの象徴として大きく描き、肌は古代ギリシャ彫刻のような灰がかった白の一色で、最後に頭に一本の触覚を乗せれば」

 「あんたじゃねーか!」

 僕はメラン大佐の書いた『ちょっとカッコよさげに描かれたメラン大佐』のイラストを引き裂いた。
 ビリッビリのビリビリに引き裂いてやった。

 「あぁ゛っ!!私の自画像が!!」

 「やっぱり自画像か!僕の傑作をダサいと言っておきながら、自分は無個性でラクガキみたいな宇宙人を書くな!!」

 「ちょっと誰が無個性なんですか!めちゃくちゃ個性ありますから!触覚ついてる宇宙の知的生命体なんか、他にいませんから!」

 「すでにドラゴ○ボールにナ○ック星人がいるわ!はるか昔に先を越されてるわ!」

 「ドラ○ンボールはマンガの世界の話ですー!実際に宇宙にナメ○ク星人なんかいませんー!あ、でもユッキー」

 「なんだよ」

 「コリン星は実在しますよ」

 「あれは本人が否定したから!」

 こうしてさわやかになった部屋で、僕とメラン大佐は『それぞれのお気に入りマンガのキャラを戦わせたらどっちが強いか』という非生産的な議論を交わしてすごした。







【うつになったら、掃除するしかない】









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