#16うつになったら、ボランティアをするしかない 前編

 エンジン音はほとんど聞こえない。
 なめらかな挙動で車体はカーブをなぞる。
 木の香りが上品に漂う。
 僕はレクサスに乗っていた。
 助手席だ。

 「朝早くからありがとう」

 吉井さんの白い歯が輝く。

 

 「いえ、僕こそ、ボランティアのお話を聞かせていただけたから、実際に行動に移すことができたと思ってます。ありがとうございます」

 一緒にゴミ拾いをした夫婦とは、その後も何度も顔を合わせていた。
 その内にご主人である吉井さんの方が散歩道で会う機会が多くなり、いつの間にか連絡先まで交換していた。

 

 「台風、ホントすごかったですね」

 道すがら、端々で木が倒れていたり、家屋の損壊が目立った。

 「ウチの方は無事だっただけに、この当たりの被害は目立つよね。今日行く施設もそこそこ浸水しちゃったみたいでね。若い男手が来てくれると本当に助かるよ」

 「いや吉井さんも若いじゃないですか」

 「オレは中身はガタガタなんだよ。今日は山田くんに任せて、オレはホイッスルを吹いて指示だけしてるからよろしく。ピッ、ピッ、ピィーーッ!」

 吉井さんは笛を吹くマネをした。
 わりとダイナミックな動きでハンドル操作がおろそかになり、車体が大きく右に振れる。
 前から来ている車にクラクションを鳴らされた。

 「お、お、お、ごめん。テンション上がっちゃった」

 詫びの手を上げる吉井さんは、まるでかっこつけていない。
 一回り年上の吉井さんは体育会系のエネルギッシュさと柔和さをあわせ持っていて、その屈託のない人柄に僕は自分でも驚くほど心を許せていた。

 「もう五分くらいで着くよ」

 身体が少し緊張したのが分かった。
 たくさんの人が集まるであろう状況に不安がない訳ではなかった。
 それでも今日、僕が来ることを決意したのは、誰かを助けることで、善行をすることで、少しでも自分の人生に救いを得られるのではないかという想いが強かった。
 急にそれが下心のように思えてきて、後ろめたさに変わってくる。

 「ボランティアさんは、年齢も職業もバラバラでね。自発的に来る人もいれば会社の研修みたいなので来る人もいるし、理由もまたバラバラなんだ」

 吉井さんはハンドルを指でリズム良く叩く。

 「まぁ、理由なんかはホントにどうでも良くて、施設の人も子供達も、みんなが来て一緒に何かをやってくれるってだけで嬉しいし、楽しいんだよ」

 その言葉は明らかに僕を安心させる。

 「子供達を守ることも、まずは自分の身を守れないとできないってオレは思うんだ。なので、山田くんのまんまで、素で、鼻歌まじりでやってみてよ」

 吉井さんがまぶしい笑顔を見せる。
 僕は肩の力が抜けているのを感じた。

 『ひまわり園』は孤児院だった。
 吉井さんは、そこの子供達の支援ボランティアをしているらしい。
 台風で洪水の被害を受けた園の復旧作業をするのが、今回のボランティア活動の主旨だった。
 数日前に吉井さんからその話を聞いた僕は、参加させて欲しいと頼んで同行させてもらっていた。

 「それではチームでまとまって、開園になったら子供達と合流して、一緒に復旧にあたってくださーい!」

 吉井さんが号令を出す。
 ボランティアの人達は、うぇーいとか、あいよーとか、ごにょごにょとした言葉を口にして、動き始めた。
 リラックスした雰囲気だけど、だらついた感じはまるでなく笑顔でサクサクと行動を取っている。

 「ユッキーさん」

 声をかけられる。
 配布されたTシャツに名前を書く欄があり、僕は『ユッキー』と書いていた。
 普段なら『やまだ』とか『ゆきお』と書いてただろう。
 僕にとってユッキーはかなりの冒険だった。
 いい歳して、とか思われないか心配だった。
 すんなりと呼んでもらえて安心する。
 振り返ると40代半ばほどの男性が手を差し出していた。
 年代的に少し職場の係長を彷彿とさせ、僕の緊張が高まる。

 「チームリーダーのたつぴょんです」

 「た、たつぴょん!?」

 「はい。たつぴょんです。ユッキーさんは初参加ですよね。チームで協力して、子供達に危険がないようリードしながら楽しみましょ。よろしくお願いしますね」

 僕はあいさつをし、握手を交わす。
 たつぴょんは明らかに、まごうことなく、けっこうなおっさんだと言っても差し支えなかった。

 「たつぴょんがリーダーなら安心よ。あ、私はチェルシーです」

 「チェルシー」

 チェルシーさんは50代後半くらいで、母親と同世代と思われる女性だった。

 

 「たつぴょんさん、ちょっと太ったんじゃないですか?」

 そう言った二十歳前後の青年はメガネをかけていて、一見はおとなしそうなのに結構つっこんだ言葉をたつぴょんにかける。

 

 「あ、バキくんも一緒だね。そうかなぁ、たつぴょん、太っちゃったかなぁ」

 「ユッキーさんは、チェルシーは何味が好き?」

 メガネの青年はバキだった。
 たつぴょんさんの一人称はたつぴょんだった。
 チェルシーさんは、やっぱり、あのチェルシーだった。
 ところで、たつぴょんって語音リズム、歯切れ悪くない?

 「あ、子供達が来ましたよ」

 園の玄関口から、十数人の子供達が現れた。
 いきなり走り出してチームにつっこんでいく少年もいれば、たんたんと歩いて行って、むしろチームを先導する女の子もいる。
 僕の身体はまた緊張し始めていた。
 どんな風に会話すればいいんだろう。
 孤児という境遇に触れるような発言には気をつけないといけない。
 ってか、そもそもあんま子供と話したことないし、なんならちょっと苦手かもしれなかった。

 

 「あ、来た来た。ぶんちゃーん!」

 たつぴょんが手を振る。
 ぶんちゃんと呼ばれた男の子がはにかんで、手を降りながら近づいてくる。

 

 「ぶんちゃん、おはよう」

 たつぴょんがヒザをついて、手のひらを大きく広げて見せた。
 ぶんちゃんはゆっくりと手を当てて、ハイタッチの形になる。
 チェルシーさんも、バキくんも、そして僕もマネして、ぶんちゃんと順番にタッチしていく。

 

 「じゃぁ自己紹介していこうか。リーダーのたつぴょんです」

 「チェルシーでーす。ぶんちゃん、よろしくね」

 「バキです。一緒にがんばろうね」

 「ユ、ユッキーでぇっす!」

 僕は思いっきりどもってしまった。
 ちょっとおねぇが入ってしまった。
 顔が赤くなったのを感じたが、ぶんちゃんが大きな笑顔を見せてくれた。
 恥ずかしい気持ちはすぐに消えてなくなり、笑ってくれたことへの安心感が強くなる。
 チームのみんなもあたたかい笑顔を浮かべてくれていた。

 「よし、早速いきましょう」

 たつぴょんがぶんちゃんの手を取り、チームの持ち場へ向かう。
 僕らもあとに続いた。
 歩きながらチェルシーさんが小声で話しかけてきた。
 まるで母親のような顔をしている。

 「ユッキーさん、緊張って子供にダイレクトに伝わっちゃうからリラックスよ。最初は難しいんだけどね。それでも、がんばってリラックス。ぶんちゃんを緊張させないために、自分が緊張しないようにするの。自分が緊張しないことが、人のためだと思っていいのよ」

 心臓が跳ねた。
 それは間違いなくプラス方向の心の衝撃だった。
 僕は緊張しやすいけど、それはいつだって自分のための緊張だった。
 自分がどう見られるか不安で、緊張していたのだ。

 「ウチの持ち場は、土砂や砂ぼこりのかき出し作業です。ぶんちゃんはチェルシーさんとそっち砂をはらってください。玄関から外に出せばOKです。あとの三人は土砂をすくって、ひたすらリヤカーに乗っけます。それでは危険がないようにやっていきましょう!」

 ぶんちゃんは嬉しそうに数回うなずき、チェルシーさんとホウキを持って建物の中に入った。
 たつぴょんとバキくんも、早々に作業を始める。
 スコップで土砂をすくう。
 ずっしりとした重量が両腕にかかった。
 これはそこそこの作業だと、僕はなんだか嬉しくなった。

 

 「結構、重いっすね」

 バキくんが言った。

 「うん。たつぴょん、すでにちょっとつらいんだけど」

 たつぴょんの早速の弱音に吹き出してしまう。

 「早くないっすか!?」

 「たつぴょんさん、早いですよ!」

 バキくんと僕は同時に言っていた。
 目を合わせ、笑う。

 

 「いや、やるよ、やりますよ。ぶんちゃんの前ではこんな発言できないからね」

 たつぴょんの額に汗が光っていた。
 僕は、自分の顔に笑みの余韻があるのを感じた。
 スコップを動かしつつ、僕は気になったことを素直に聞いてみた。

 「あの、ぶんちゃんって」

 たつぴょんとバキくんは、土砂をすくいながらうなずく。
 僕の聞きたいことが、もう伝わっているようだった。

 「うん、あまりしゃべれないんだよ」

 「なんかしらのショック症状らしいっすね」

 ひまわり園の役割を思い出す。
 色んな事情があって、ぶんちゃんも園に来ているのだろう。
 胸に痛みが走った。
 

 「まぁそれでも、たまにしゃべることもあるし、はっきり言ってコミュニケーション取るのに不便なんか全くないだよね。いつも笑顔だし、ぶんちゃんってホントすごいよね」

 「そっすね。ユッキーさんも気にせず、ガンガン話しかけちゃってOKっすよ。こっちの言ってることはもちろん理解してくれてるし、なんなら言語以上の意志の疎通が取れるんすよね」

 たしかに僕は、人と関わる時にどんな話をしようかと考えすぎる。
 ぶんちゃんと交わしたハイタッチは、小むずかしいあいさつよりもよっぽど心が打ち解けたのを感じた。
 こうやって三人でひたすらに土砂をすくう作業も、何とも言えない連帯感と安心感を与えてくれる。
 今、この瞬間に集中していいんだ。
 僕は心の底からそう思うことができた。

































次話はこちら≫≫≫