#16うつになったら、ボランティアをするしかない 後編

 今、この瞬間に集中していいんだ。
 僕は心の底からそう思うことができた。 

 他のチームが何度かリヤカーの土砂を回収しに来て、作業は順調に進んでいく。
 しばらくすると、ぶんちゃんとチェルシーさんがやって来た。

 「こっちは終わっちゃったわよ」

 ぶんちゃんが僕をじっと見ている。

 

 「ユッキーさんの作業が気になるんじゃないの?」

 僕は手を止めた。
 ぶんちゃんはスコップを見ている。

 「やってみる?」

 僕がそう言うと、ぶんちゃんは力強くうなずいた。

 

 「んじゃ、ここ持って、そうそう、で、こっちの手はここね。いいね。そのままザクッ!と土砂につっこんでみて」

 僕はぶんちゃんをサポートする体勢を取った。
 危なくないか、細心の注意を払う。
 スコップでちょっとだけすくった土砂を、リヤカーにほうりこむ。

 

 「OK!できたね!」

 たつぴょんさんのマネをして、僕は手のひらを上げてみた。
 ぶんちゃんは笑顔で手を重ねてくれた。
 最初の時よりも力強いハイタッチになった。
 テンションが上がっているのが伝わってくる。
 ぶんちゃんがスコップの先を土砂につっこむ。
 足元の土が崩れそうだった。

 「ぶんちゃん、もう少し、足をこっちに移動させようか。そうだね。そこの方が安定して危なくないよ」

 たつぴょんも、チェルシーさんも、バキくんも、僕とぶんちゃんを見守ってくれていて心強かった。
 作業終了の合図があるまで、僕らは少しずつ、少しずつ、土砂をかき出し続けた。

 「みなさん、おつかれさまでしたー!」

 吉井さんの声が響き渡る。

 「それではね、みんなで海の方へ移動しましょう!お弁当を用意してありますから、各チームで食べてくださーい!」

 

 園から歩いて10分ほどのところに海はあった。
 サーファーが行き交い、バーベキューをする人も多く、ビーチはにぎわっている。
 潮の香りが強くなる。
 ゆるく吹いている海風が、汗ばんだ身体に気持ち良い。
 大きな石が埋まっている場所に座り、みんなでお弁当を食べた。
 チームのみんなで他愛もない会話を交わす。
 ぶんちゃんが立ち上がり、僕の肩をつついてきた。

 「あら、ぶんちゃん。ユッキーさんにべったりねぇ」

 チェルシーさんの目配せを受けて、僕は腰を上げた。
 ズボンの砂を払う。
 横に立ったぶんちゃんが、僕の手を握った。

 その時だった。

 胸の、完全に心臓の、奥の奥の奥。
 そこから、ものすごい温度の液体が溢れ出てきた。
 本当に、比喩ではなく、物理的な熱さだったのだ。
 それが身体中に広がっていく。

 おいおいおいおい、なんだこれ。

 僕は言葉も発せられず、一歩も動けなかった。
 熱さは無数の神経や血管、その一本一本をすごい勢いで駆けめぐっていく。
 手の指先、頭のてっぺん、つま先にいたるまで、余すことなく行き渡っていった。
 突然、目の前の景色が飛び込んできた。
 海が碧く広がっていた。
 空が蒼く止まっていた。
 砂浜は白く輝き、太陽はさんさんと僕を照らし続けてくれている。
 遠くに見える山々の縁取りも、立ち並ぶ家並みも、雲も、鳥も、全ての輪郭を、僕の目はあり得ないほど明瞭に映し出した。

 世界って、こんなにきれいだったのか。

 視界が澄んでいた。
 僕の目が潤んでいた。
 すぐに目尻をぬぐう。
 ぶんちゃんは穏やかな笑みを浮かべ、黙ってまっすぐに景色を眺めている。

 あぁ、そうか。
 だからか。
 この子達が、世界を見る方法を知ってるんだ。

 彼ら彼女らが、この殺伐とした時代を幸せに優しく生きるヒントを教えてくれる。
 僕はそれを直感した。




          *




 「山田くん、大活躍だったね」

 帰り道、吉井さんの笑顔はいつもよりさらにまぶしく見えた。

 「お役に立てて良かったです」

 僕は、自分の声が出しやすく、通りやすくなっているように感じた。

 「みなさん本当にいい人で、ぶんちゃんも一生懸命で、純粋で。僕、ボランティアって誰かを助けるためにするものだと思ってました。違いますね。

































『ボランティアをすると、
自分を助けてもらえるんですね』


































 今日やってみてはっきり分かりました」

 吉井さんが小さく数回うなずく。

 

 「山田くんはすごいよ。初めてゴミ拾いをした時から思ってたんだ」

 「吉井さんみたいに、こんな大きな規模で、子供も大人も笑顔にさせてくれる団体を主催できることが、本当にすごいことだと思いますよ」

 「いやちがうんだ、ホントに。あの散歩道のゴミを一人で拾い始めるなんて、誰もできないよ。実は、オレはちょっと嫉妬したくらいだからね!」

 吉井さんが豪快に笑う。

 

 「嫉妬って、僕にですか!?」

 「そうだよ。オレも何度も散歩してて、ゴミが落ちてるのは知ってたんだ。まったくどこのどいつが捨ててるんだよ、ってイラついてたりはしてたけど、自分で拾おうとは考えなかったんだ。そこで山田くんの話を聞いてさ、『やられた!』って思ったよ」

 「吉井さんが僕なんかに嫉妬って、信じられないんですけど」

 「けっこう悔しかったよ。枕を濡らしたよ」

 「それはウソですよね」

 「それはウソだけどハンカチは噛んだ」

 「少女マンガ的な悔しがり方ですね」

 吉井さんが大きく笑う。
 僕も笑った。

 「山田くんのホスピタリティは、一度でも参加してもらえたら絶対に輝きを増すって信じてた」

 その言葉が胸に染み込んでいく。
 また、あたたかさが込み上げた。

 「吉井さんは、どうしてボランティア団体を立ち上げたんですか?」

 才能や資質に恵まれて自分の望む環境を手に入れた人間が、社旗貢献に目が向くのは自然なことにも思える。

 

 「オレもね、あそこの出身なんだよ」

 吉井さんは遠くを見るような目をした。
 僕は言葉が出なかった。

 「今いる子達みたいに、かわいくなかったんだよね。かなり問題児でさ、めちゃくちゃ迷惑かけたんだ。それでも園の人はオレを見捨てずにいてくれた。それから自分がずっと人と環境に恵まれてたってことに気づけて、やっとこさ最近になって恩返しが形になってきたとこなんだよ」

 吉井さんは少年のような横顔をしていた。

 「だから、山田くんがその若さで外の世界に、社会に目を向けて、一人でゴミ拾いをしてたってことを、オレは本当に素晴らしいと思って尊敬してる。何度も言うけど、それができる人間は、そうそういない。でかい家に住んでたり、いい車に乗ってたり、会社で出世してたりしてても、平気で道ばたにゴミを捨てるような人間はたくさんいる。そーゆーヤツらは、ホントの意味での豊かさなんか全く持ってないんだ」

 胸の、ぶんちゃんと手をつないだ時に熱くなった場所が、しっかりと燃えているのを感じた。

 車は昼下がりの道路を進む。
 アパートの下まで送ってもらった僕は、吉井さんにまた必ず参加する旨を伝え、別れた。
 部屋に入ると、メラン大佐がUFOの周りを飾りつけしている。
 奥さんの写真やポスターが貼られまくっていた。

 「ただいま」

 メラン大佐が振り向く。

 「おかえりなさい。どうでした?」

 「誰かを支えにいこうとしたのに、僕が支えられてることにめちゃくちゃ気づかされてきた」

 「ボランティアという言葉には、自由意志、自発性という語源がありますからね。うつー人にとって、ユッキーにとって、心の奥底にあるエネルギーが触発されるのは必然でしょう。良いボランティア団体だったようで何よりです」

 メラン大佐は奥さんの肖像画を壁にひっかける。

 

 「ずっとそれやってたの?」

 「機嫌を取れることは全てやっておかないといけない状況におちいってますからね。必死ですよ」

 「あのメールの誤送信は致命的だったからね」

 僕は笑い、メラン大佐は苦笑する。
 飾りつけ作業で出た紙くずで、ゴミ箱がてんこ盛りだった。
 それをポリ袋に移し替えようとすると、下の方から資料のようなものが出てきた。
 吉井さんが主催するボランティア団体のホームページの情報をプリントアウトしたものだった。
 余白にメモが書かれている。
 文面からメラン大佐のものだと分かった。  
 僕が緊張しそうなポイントや、その対応策とフォローの情報がびっしりと書き込んであった。
 色々と調べてくれていたようだった。
 メラン大佐は忙しそうに飾りつけを続けている。
 僕は書類をゴミ袋に戻して、まだ飾られていない奥さんグッズを手に取った。

 「手伝うよ」

 「おや!夜にテレビ電話をするので、それまでには仕上げたかったのです。非常に助かります」 

 こうして、僕は『誰かのために心と体を動かす』大切さを、一体いつぶりか分からないくらいだったけど、思い出すことができた。









 「ちなみになのですが」

 メラン大佐がモゴモゴと言った。

 「なに?」

 「偶然を装って妻に電話が誤動作でつながるように仕組みまして、『私がどれだけ妻を愛しているかユッキーと会話しているのをたまたま聞かれちゃった作戦』も考えたのですが、協力してもらえませんかね?」

 「ダメだ」

 僕は即答する。

 「まぁまぁそう言わず、今日学んだホスピタリティを発揮してもらえませんか?」

 メラン大佐は食い下がってくる。

 「そーゆーのはホスピタリティとは言わない。絶対にダメ」

 僕は飾りつけを進める。
 メラン大佐はくちびるをとがらせた。

 「うむむむむ、ユッキーは融通が効きませんねぇ。男女間には無数の駆け引きが必要なのですよ。そういた機微も理解しなくては、一生彼女なんかできませんよ?」

 「あ、カチンときたよ。手を止めてもらおうか」

 「ちょっとちょっとユッキー!冗談です!私の妻の1/10スケールフィギュアをあたかも武器のように手に取り、一撃必殺を想定した素振りをくり返すのはおよしなさい!その行為は果たしてホスピタリティに溢れてると言えるのでしょうか!?ちょっと!ホントに!やめて!近づかないでぇぇぇぇ!!!!」









【うつになったら、ボランティアをするしかない】









次話はこちら≫≫≫