#19うつになったら、夢を思い出すしかない

 「118番でお待ちのお客様、受付カウンターまでお越しください」

 僕の番号が呼ばれる。
 リサイクルショップでの買い取り査定が、ようやく終わったようだ。

 「すいませーん」

 カウンターの店員に声をかける。

 

 「ぃ~らっしゃいませぇ~。ぃ~らっしゃいマルシェェェ~」

 マルシェ?
 まぁ市場って意味では外れてはないけど。
 店員は色白で大きな丸メガネをかけた、小柄な男性だった。
 番号札を渡す。
 途端に店員の目つきが変わった。

 「本日はぁ大切な品物をお売りいただきぃ、あ~りがとうございますぅ!!」

 その声の大きさに僕は驚く。
 数人の客が振り返った。
 店員の胸には初心者マークのバッジが付いている。
 まだ新人で気合いが入りすぎているのか、声のボリュームのタガが外れていた。

 

 「買い取り査定が完了しましたぁ!金額と品物を読み上げますぅ!」

 「え?いやあの」

 「少女マンガ『ときめきバラードを止めないで』!全巻セット保存状態、超良好ぉ!!」

 「ちょっとちょっと!」

 僕はカウンターを乗り越える勢いで手を出して止めた。

 「お客様ぁ!こちらは店員専用のスペースとなっておりましてぇ!関係者以外は立ち入り禁止となっておりましてぇ!」

 「分かった!分かったから!ちょっと声のボリューム押さえて!」

 「はい」

 店員は急に大人しくなった。
 なんでこいつは、小学校の頃に女子から教えてもらって少女マンガをなめてた僕の概念を覆した名作、『ときめきバラードを止めないで』を大声で読み上げる?

 

 「あの、量もめちゃくちゃ多いですし、読み上げてたら時間もかかるんで、それは、しなくていいです」

 僕はおだやかな口調を心がける。

 「いえ!当店の決まりですので!続きまして少女マンガ『魔女っ子OL オズ・レディ』、全五巻んん!!」

 「おいぃぃぃ!!他にもいっぱいあるだろ!?バトル系とかスポーツ系がほとんどだろ!?ってか少女マンガはその二つだけだろ!?」

 「ジャンルごとに読み上げてますぅ!」

 なんでこいつは、魔法少女のオズ・レディが魔法でOLに変身して、セクハラ部長ドラゴンやおつぼね魔女王と戦う、まるで十年後の現代を見越していたかのような予言的バトル少女マンガの傑作、『魔女っ子OL オズ・レディ』を高らかに読み上げる!?

 

 「ホントいいから!明細だけください!」

 「かぁ~しこまりましたぁ。こちらぁ、明細でぇす」

 店員から受け取った巻物みたいなレシートを見て、僕のイラつきは吹っ飛ぶ。 
 それなりの金額になっていたのだ。

 

 「結構いきましたね。ありがとうございます」

 「はいぃ!『ときめきバラードを止めないで』がぁ高額買い取り対象品でしてぇ!!」

 「もういいわ!!」




          *




 アパートに帰ってきた僕は、売った物の金額がそこそこになった嬉しさを早く伝えたかった。

 「ただいまー?」

 メラン大佐の返事はない。
 スッキリした部屋を見渡す。
 たくさんの物を手放した実感がこみ上げ、同時にそれらに初めて触れた時の衝撃や喜びがよみがえってきた。
 もう僕の手元には無いけど、その感情は色褪せることがないと思えた。
 ふと、机に置いてあるクリアファイルが目につく。
 会社に提出する休職関係の書類だ。
 思い立って、僕はそれを片付けることにした。
 ペンを手に取る。
 コピーしてあった書類を取り出し、下書きを始める。
 休職の理由を機械的に書かされるような内容だった。
 記入する部分は大した量でもないのに、ペンが進みにくい。
 どうにか穏便に、上司や先輩に迷惑がかからないようなことを書こうとしてしまう。
 つぎはぎの言葉を並べた。
 字が乱れている。
 手が緊張しているのが分かった。
 何とか仕上げた文章を、頭から読んでみる。
 僕は驚いた。
 あまりに自分を卑下する内容だった。
 自分の弱さや責任感の欠如を、理路整然と並べている。
 むしろ完璧な文面だった。
 ただ、これだけは言える。

 これは僕の本心じゃない。

 僕の手は、僕の持つペンは、こんなウソだらけの表現をするために存在してるのか?

 違う。

 音が遠のく。

 耳鳴りじゃない。

 鼓動が跳ねる。

 動悸じゃない。


































『この手は楽しいことを表現するためのものだろ?』


































 そうだ。

 僕の手はこうやって動きたいんだ。

 書類の余白にペンを走らせる。
 職場の作業着を来た、僕と思われるキャラクターが現れた。
 見るからに弱そうなキャラだ。
 僕の手は踊るように動き、ペン先は書類の文面の上にまで走っていた。
 『THE 休職マン』と立体で飛び出してる風のロゴと、僕に似たキャラが変身した設定のヒーローを描く。
 書類を裏返す。
 真っ白なスペースに、さらにテンションを上がる。
 主人公が休職してる間にメンタルを強くしようとして身体を鍛えまくり、復帰する時にめちゃくちゃマッチョになってしまう四コマ漫画を書いた。
 僕の調子は止まらなかった。
 コピーした書類に、今度は全ての項目に絵で回答をしてみる。
 素直に、ありのままに職場であった事実を描けた。
 心と手が直結している。
 ウソがない。
 自分にウソをついてない。
 楽しい。
 絵を描くのって、こんなに楽しいことだったんだ。

 「上手ですね」

 いつの間にか、メラン大佐が覗き込んでいた。

 

 「これで提出しようかな」

 「それも良いと思いますよ」

 「クビになっちゃうでしょ」

 「いいじゃないですか、クビになっても。その気になれば、働き口なんかいくらでもあるのですから。現代の日本で餓死しようとしても、なかなか難易度は高いと思いますよ」

 僕は上くちびると鼻の下でペンを挟んだ。

  

 「たしかに」

 空から自分を見下ろしてるような気分だった。

 「絵を、仕事にしようかな」

 人生の色んなシーンを思い出す。
 いつも僕は、絵を描いていた。
 この数年が描いてなさすぎだったことに気づく。

 

 「ユッキーなら、できますよ」

 「言い切るね」

 「当たり前でしょう。私の使命はユッキーを立派なうつー人として覚醒させ、地球を救ってもらうことですから」

 「んな大げさな」

 僕は笑ったけど、メラン大佐はマジメな顔をしていた。

 「ユッキーの心の声は、ユッキー自身を完全に理解しています。あなたは、ずっとずっと、絵を描いていたのです。思ったこと、考えたこと、感じたことは必ず実現することが可能です」

 僕は、絵を描くのが好きだ。

 「自分の人生を絵で彩ってもらったように、自分の絵が誰かを同じような気持ちにさせることができたら最高だな」

 「今までも、それは叶えてきています。ユッキーが絵を描いている時、周りには間違いなく笑顔があったはずです。お父様やお母様、お友達もそうでしょう。ユッキーが描いた絵を見て感心したり、描き方を質問してきたり、前向きなエネルギーが伴っていたと思いませんか?」

 メラン大佐に言われて思い出す。
 その通りだった。
 今の職場でも、ホワイトボードにラクガキをした時に周囲の僕を見る目が変わったことがあった。
 上司も、先輩も、笑いながら僕の絵をほめてくれた。

 「恐れていた相手でさえ、いつも険しい顔をしていた訳ではないでしょう?ユッキーの絵が、彼らを笑顔に変えたのです」

 「なんか、それって、すごいな。あの職場の空気を少しでも軽くするなんて」

 「客観的になった時、人は他者に影響を与えていることに気づけるものです。それには時間も必要とされます」

 辛い、きつい、苦しいことばかりが頭の中を占領していたけど、どんな場所でも、楽しいこともあった。
 それをあまりに久しぶりに思い出した。

 

 「本当に、ユッキーの才能は凄まじさすら感じるほどです」

 「どうしたの。やたら持ち上げるね」

 「いえいえ、ユッキーは天才です。その器は計り知れないほど大きいです。なので、この支払いも引き受けてくれますね?」

 「この人は何を言い出したのだろう」

 「もはや中古市場にもまず出回らないと言われている私の大好きなバンドの幻のライブDVDセット初回限定版特別仕様ボックスがたまたまプレミア価格で入荷されていて店員専用のバックヤードでそれを発見して売り場に出る前に従業員割引も効くし思わず衝動的に購入してしまったのです」

 「一息で言う情報量じゃない」

 「これ、ユッキーのクレジットカードのレシートです。言うほどの高価な値段ではなかったので、ユッキー的なマイナスはほとんど無いはずです」

 僕はレシートを確認する。

 「そうね。僕の売った物の金額とほぼ相殺してるね。マイナスではないよね」

 殺気を消してメラン大佐の首根っこをつかもうとしたが、うまくかわされてしまう。

 「待てコラ!ってか、いつクレジットカード取った!?」

 「我々の技術を使えばカードは手元に無くとも、ユッキーの個人情報を私のスマホに転送させることなど子供の遊びに等しいものです」

 「いばってるけど卑劣なスキミング!」

 「仕方がないでしょう!リサイクルショップのカウンターに潜入したところで、あんなラッキーに見舞われるとは思わないですよ!」

 「すいません、店員さーん」

 「ぃ~らっしゃいマルシェェェ~」

 「おかしいと思ってたけど、やっぱりあのアホ店員に変装してやがったか!」

 「私以外にあんな三つ星ホテル並の接客ができる輩など存在しません!」

 「ふざけんな!めちゃくちゃ不快だったわ!出口までに数人の女性客に軽く避けられた気がしたわ!これは返品しに行くからな!」

 僕はDVDボックスを奪い取った。

 「あぁ!やめてください!そもそも当店はぁ、お客様都合の返品は受け付けておりまぁせんんん!!」

 「店側サイドで反論するな!!」

 こうして、僕はこの先でやりたいことを、今までの人生の中に見つけるという不思議な体験した。









【うつになったら、夢を思い出すしかない】









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